短編集

□花としおり
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「今日は取れる位置に本があったようだな」


放課後の図書室はとても静かで、周りの人の“音”がよく聞こえる。

九は、背後から聞こえる木の葉の音をいち早く察知していた。

聞き覚えのある音に振り返ると、そこには予想していた人物が立っていた。


「(やっぱり、この間の先輩・・・)」


軽く会釈をすると、相手はフッと笑って久しぶりだな、とまた小声で言った。


「“先日はありがとうございました”」

「いや、気にするな。こっちが勝手にしたことだ」


それにしても勉強熱心なのだな、と自分の抱える本を一瞥する彼。


「毎日ここで勉強してるのか?」

「・・・“はい”」


参考書がないと自分には理解できないから、とはさすがに言えなかった。

ほとんど初対面の相手に、そこまでの弱点を晒す勇気は九にはなかった。

毎日ここに来て勉強をしているのも、そうしなければ周りについていけなくなるからというだけのこと。

努力と言われるのはおこがましい気さえした。

人よりも勉強が遅れていることは、彼女にとっては恥でしかなかったからだ。


「(なんだか、恥ずかしい・・・)」


九の視線は自然と下へと下がった。


「・・・(何か、悪いことでも言ってしまったのだろうか)」


少年は、元気のなくなってしまった少女を見下ろして少しこまってしまった。

褒めたつもりであったが、おそらく自分の発言の何かが気に障ってしまったようだった。


「(困ったな、謝ろうにも、何に対して謝るべきかわからない。かと言ってほかに何をいうべきか・・・)」


九は、声が聞き取りにくい分、表情や周りの空気から人の感情を察知することに長けている。

自分のせいで、目の前の彼が少なからず困惑してしまっていることもなんとなくわかっていた。


「(どうしよう・・・先輩は、なにも悪くないのに。困らせてしまっている)」


お互いに気まずいまま、沈黙が続いた。

ふと、少年は何かを思いつき、自分が手にしていた本を一冊差し出した。


「・・・まぁたまには、参考書以外のモノも読んでみたらどうだ?読書は心の栄養というからな」


それはとあるファンタジー小説のようで、比較的読みやすい内容で有名なものだった。


「(え、でも、これ)」


先輩が借りるはずだったのでは?と言いたげに顔を上げると、少年もそれを察したようで優しく笑った。


「いや、これは私物なんだ。読み返しすぎて内容もほとんど覚えてしまったから、よかったらもらってくれないか?できれば、お前の感想も聞いてみたい」

「(そ、そんなっ、いただくなんて・・・っ!)」

「まぁそう慌てるな。本当に構わないんだ。ここの図書室に寄贈しようとも考えたんだが、お前が読み飽きたらそうしてくれたらいい」


だから、よかったら読んでみてくれないか。

そう言われ、九は恐る恐るそれを受け取った。


「(あ、)“ありがとうございます。是非読ませていただきます”」

「あぁ。それじゃあ、またな」


踵を返した少年は、あぁそれと、と立ち止まってこちらを振り返った。


「それはもうお前にあげたものだから、中に何か入っていてもお前のものにしてしまっていい」


そう言い残して、少年は図書室を出ていった。


しばらくして九が本を開くと、中には栞が挟まっていた。

手作りの、桜の花びらを押し花にした栞だった。





困らせてしまったお詫びと、激励を込めて―

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