長編・舞う羽根、揺れる花

□序章 旅立ちの前に
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4.ブライ


 ブライは王の私室で王の相談を受けていた。
 昼食の少し前というブライが最も手の空いた時間を、王が把握しているのも子供の頃からの相談役だからである。

 頑固で気難しく口うるさいと言われる一方で、意外に世話焼きの爺さんとしても知られている彼だからこそ、王は大きな信頼を寄せていた。

 その相談というのは娘アリーナ王女のことで、要約するとアリーナのおてんばを何とかしたいということだった。

 アリーナの教育係でもあるブライからすれば何を今更という話である。ブライも常々アリーナのおてんばには手を焼いているのだ。
 と、王が今更そんな相談を持ち出した理由に思い至った。
 アリーナが先月十五歳になったからである。

 十五歳といえば、亡くなった王妃がサントハイムに嫁いできた年齢と同じ。
 容貌はアリーナそっくりで、美しい赤い巻き毛に整った顔立ちは可愛らしかった。淑やかで優しく穏和な女性だったと記憶している。
 国王は娘に后の面影を重ねているのだ。

 改めてアリーナ姫はどうであったかを思い出してみる。
 王族であることを鼻にかけず身分に捕らわれない平等さ、困った人を放っておかない優しさ、周囲に元気を与える明るさなど、良いところは枚挙に暇がない。
 しかし、それら美点を足しても足りないほどにおてんばが過ぎる。

 器用で頭も良く大抵のことは軽くこなせるというのに、興味がないと見向きもしない。もっと身を入れて学んでくれればと、裁縫教師も嘆いていた。
 城内を跳ね回り、物を壊し兵士を叩き伏せ木に登る。生傷が絶えないのだと、いつも治療させられるクリフトは涙目になっていた。

 しかも最近では城からの脱出を企て、すでに何度か実行しているという。
 近年、魔物が凶暴化しているという話もあるのだが、当の姫は魔物と戦ってみたいと言ってはばからない。

 容姿や心根は后に似てくれたのに、あのおてんばはどこから来たものかと疑問を抱かずにはいられない。
 まあ、恐らく国王なのだろう。若い頃には些かやんちゃが過ぎ、それに付き合わされたことも一度や二度ではない。

 ブライがちらりと国王を見てやると、それに気付いたのか国王は大きめに咳払いをした。
 ブライも特に不平は言わず、再びアリーナのことを考えた。

 女性が女性らしくなるための方法である。
 よくある話では色恋だろうか?

 ブライの見立てでは、一二年前まではブライが後見人をしているクリフトを憎からず想っていた様子だった。
 しかしクリフトが鈍くて四角四面の朴念仁だったせいで、今は兄妹のような関係に納まってしまっている。
 入れ代わるようにクリフトの方がアリーナにべた惚れになったようだが、少し遅かったようでアリーナの意識は外に向いていた。

 では他国の王子はどうかと思ったが、先月開かれたアリーナの誕生式やその他式典で顔合わせした連中とアリーナの振る舞いを思えば言わずもがな。望み薄だろう。

 考えに行き詰まったときは別の視点を入れてみるのが定石だ。
 ある程度おてんばであることは目を瞑るとして、おてんばの何がいけないのかを考える。

 それはひとえにアリーナが王族であり、王位継承者だからだ。
 そしてアリーナ自身にその自覚が薄いからということに他ならない。

 ふむふむ、とブライは何度か頷いた。解決への糸口が見えてきたのだ。
 国王が期待を持って身を乗り出したのを見て、己の説の正しさを確信する。

 なんてことはない。今目の前にいる王が、やんちゃ坊主から王としての自覚を得た実績がある。

 きっかけは領内の視察だった。民の生活を目の当たりにし、王族として出来ることやらなければならないことを実感したようである。

 ならば姫にも同じことをさせれば良い。元々城から出たがっていたのだから、いっそ本当に出してみれば良いのだ。

 王にそれを伝えたら当然のように渋りだしたが、嫌がる王を説き伏せるのはブライの得意とするところである。

 宮廷魔術師たる自分と優秀な神官戦士クリフトの同行、泣き言を聞いたらすぐに城に連れ戻すことを約束して納得させる。

 あとは姫に話を持ち出す時期を見計らうだけだ、というタイミングで城内に轟音と振動が響き渡った。

 経験上、城の壁が一部倒壊するとこのような音がする。
 何がどうなったのかは考えなくても分かること。今は天啓のようなものである。
 にがり切った顔の王に同じようににがり切った顔で一言「いってきます」と述べ、ゆっくりと城門へ向かう。

 その顔とは裏腹に、久々の旅に心が躍っていた。
 破天荒な父娘に毒されたかなと、少しおかしくなった。
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