長編・舞う羽根、揺れる花
□序章 旅立ちの前に
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6.マーニャ
父親が錬金術師なんて胡散臭いものだったことは知っている。
革新だとか世界平和だとか進化だとか、胡散臭い研究をしていたのも知っている。
でも、それ以上のことは知らない。
父エドガンが殺された。
新しく作られた質素な墓の前で、マーニャは夜の寒さに震える。この寒さから身を守る術を持っていない。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
今朝早く、父エドガンはバルザックとオーリンという二人の弟子を連れてコーミズ村の外に出かけていった。
マーニャと妹のミネアが愛犬ペスタと見送ったときは笑顔だったが、何日か前から浮かない顔をしていたのを覚えている。
父達が見えなくなった頃には、もうすぐ太陽が昇り始める時間で、綺麗な紫色の空をしていた。
ミネアが昔、朝方の空が好きだと教えてくれたのを思い出して納得する。空の色が二人の髪と同じ紫色だから。
マーニャもいっぺんに好きになっていた。
夜が明けきる前の村はまだ土の匂いしかしなかったが、すぐに太陽の匂いも混じり合って、素朴その物のもう飽き飽きしたと思っている匂いになる。
だからそれまで姉妹と一匹は空を見上げていた。
太陽が昇ってからは村に紛れ込んだスライムをからかって、牛のカルビンにいつか食ってやると宣言し、ミネアにそれを止められて、ペスタに吠えられて。太陽の下で村人たちと笑っていた。
ここまではいつも通りだったのに、ここまでは幸せだったのに。
マーニャが一番嫌いな夕暮れ時に、父が一人で帰ってきた。
父が血まみれなことに気付いてからのことはよく覚えていない。
ミネアが覚えたての回復呪文を懸命にかけている横で、ただ泣き叫んでいただけなのだと思う。
必死に何か伝えようとしている父の言葉も、ほとんどが頭に入らなかった。
ただ、バルザックにやられたという一言だけが強烈に頭に残っている。
そこまで思い出して、マーニャは「ああ」と声を出した。
簡単なことなのだ。やることは決まっている。
夜の寒さから心を守るように体を抱きしめた。太陽と土の村であるこのコーミズ村には、夜という存在は冷たすぎるのだ。
寒さに耐えられないのなら、いっそこの村を出てしまった方が良い。
いつまでも同じ場所でくよくよしているのはマーニャの性分に合わないし、元々こんな田舎町には勿体ないほどの美女なのだ。
モンバーバラみたいに大きな町が良い。きっと夜の寒さに震えるようなこともないはずだ。
町の明るさと復讐の炎で心と体を暖めてやる。
つらい事があるとミネアはいつも家の地下室に閉じこもって泣いていた。今もきっとそうに違いない。
そんな妹でも、きっと町の明るさは照らしてくれる。
このまま放っておけば、きっと地下室のジメジメした暗さと寒さに飲み込まれてしまう。
そんなことはさせないと決意する。
夜が明けて朝になるように、暗さの先には明るさが待っていなければならない。
マーニャとミネアは夜明けの姉妹だ。決して日暮れなんかではない。
マーニャの目には光が宿っている。
それが復讐を誓う黒い炎だとしても、そんなことは彼女には関係なかった。
どんなものであっても、明日を迎えるために必要な光だから。
暗い地下室から大好きな妹を救うための光に他ならないのだから。