長編・舞う羽根、揺れる花

□序章 旅立ちの前に
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7.ミネア


 ミネアは子供の頃から、何かつらいことがあるたびに家の地下室で泣いていた。

 狭くて暗くてジメジメしていて、それでいてきっちり整頓された場所だ。
 そこは錬金術師である父の研究室になっていて、家を空けがちな父がそばにいるような気がして、ミネアの心を落ち着けてくれる。

 父が死んでしまった今では暗さと寒さしか感じられなかったが、それでもミネアは地下室で膝を抱えて泣いていた。

 胸に大きな爪痕が残る父の姿が頭から離れない。
 いつ息絶えてもおかしくない姿で、それでもマーニャとミネアに伝えたいことがあると言っていた。

 姉は父に事情を聞き出そうとしていたというのに、つたない回復呪文だけを唱え続けていただけだ。
 そのうえ助けられないなんて、自分はなんて愚かだったのだろう。

 ミネアは自己嫌悪で涙だけではなく胃の中まで溢れそうになりえずいてしまう。
 何でも後ろ向きに考えてしまうのは悪い癖だ。
 こんなこと良いわけがない。そんなことは分かっているのに、なんて自分は醜いのだろうと思ってしまう。太陽のような姉にいつも憧れていた。

 これでは駄目だと思って、父が最期に伝えようとしたことを思い出す。

 父の口から出た言葉は普段ならとても信じられるようなものではなかった。
 人や動物、魔物、生物の進化の過程を歪ませる技術。『進化の秘法』を見つけた。でもそれは危険すぎる発見だった、と。

 ミネアには進化の過程を歪ませるというその意味が分からない。
 それでも優秀な占い師としての彼女は、その言葉の持つ不気味さと異様さに恐怖を覚える。

 そんな不気味な言葉を残した父は、その後になんと続けていただろうか。
 覚えているのに、理解したくはない。

 父の弟子の一人バルザックが、進化の秘法を奪っていったのだと。父をこんな目に遭わせた犯人なのだと。

 父の二人の弟子のことは家族のように思っていた。そのうちの一人が父を手にかけただなんて信じたくはない。
 それに、もう一人の弟子オーリンはどうなってしまったのだろう……。

 なんとかしなくてはならない。
 なんとかしなくてはならないのに、体に力が入らない。心が奮い立ってくれない。

 いつもミネアに安心感を与えてくれる地下室の静寂が、暗さと寒さをともなってミネアを侵食していく。

 父が殺されたこと、犯人が家族のように思っていた人だったこと、家族以上に思っていた人ももしかしたら殺されてしまったのかもしれないこと。

 なんて恐ろしい現実なのだろうか、彼女には現実を耐えられるような気がしない。
 闇に立ち向かうどころか、立ち上がることも出来はしない。

 誰かに助けてほしかった。
 普段は占いで人を導いているというのに、自分のこととなると途端に駄目になる。

 涙が止まらない。体が震える。吐き気がする。
 助けてほしい。助けてほしい。助けて。

「全く手の掛かる妹ね」

 そうだ。こんなとき、いつも姉が来てくれるのだ。
 不安なことなんて何もなかったように心を安心が満たしてくれる。
 姉の胸の中は暖かくて心地よかった。
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