デスドアオリジナル

□黒い医者と機械人形
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 街に不気味なサイレンの音が鳴り響く。それと同時に遥か上空には数機の爆撃機が轟音と共に空気を震わせ飛んでいった。

 黒のコートに身を包んだ男が物陰から姿を現し、周りを見回して何かを確認すると駆け出す。
 黒塗りのバッグを抱え、焼け焦げたビルの谷間を縫うように走った。

「ぐ…ここにも生存者はいないか…!」
 男の視線の先には何重にも重なった幾人の遺体があった。そのどれもが焼けただれ、千切られ、バラバラになっており生きている者は確認出来ない。

 男は黒いバッグを開けると注射器を取り出し、遺体の腕へと刺し血液を採取する。
 数人の血液を採取すると周りを警戒しながら一人の遺体を解剖し始める。
 内臓を取り出し、その一部を切り小瓶へと入れる。

「よし…採取できるのはこれくらいか…」
 その時、一人の遺体がむっくりと起き上がる。
「ひっ!?」
 男は思わず声を引きつらせ持っていたナイフを構えた。遺体はフラフラと立ち上がったと思うとすぐに倒れた。
 すると遺体の背後から一人の少女が現れた。
「…生存者?いたのか!?」
 男は思わず声に出して言った。少女は体に付いた埃を叩き落とすと周りを見回す。
「君…生きてるのかい?あの爆撃の後で…生きてるのが奇跡だ!!」
「爆撃…?ここは?」
「ああ、どうやら記憶障害はあるものの怪我はしてないようだ。爆撃のショックによる健忘症かもしれないな。よかった!僕はアルバート。君は?」
「ロウファ。それより質問に答えろ。ここで何が起きている?」
「君、子供なのにやたら偉そうだな…」
 アルバートは困ったように頭を掻くとため息をついた。

「見ての通りさ。まさに戦争の真っ只中。風光明媚だったこの街もこのザマだ。瓦礫と死体が溢れてる。これでいいかい?じゃ僕の質問に答えてくれ。君はどうやって生き延びたんだい?」
 アルバートの問いにロウファは少し考える。
「全く知らない男の人がワタシを庇ってくれた。それ以外は覚えていない」
「そうか…。とりあえずここは危険だ。よかったら僕の病院へ来るといい」
「病院?」
「ああ、こんな身なりをしているがこれでも医者だ。もっとも薬も手に入らないから限られた治療しか出来ないけどね」
 アルバートはロウファの手を握ると歩き出す。
 血の匂いが鼻につく。まだ乾いてない血が川のように流れていた。

「なぜ…戦争をしているんだ?」
 ロウファの問いにアルバートは首を振る。
「僕ら庶民は全くわからないさ。ある日突然に日常が奪われた。それに対して抗うことすら出来ずにただ陵辱されているだけだ」
 立ち止まり周りを見回してからマンホールの蓋を開けた。

「病院…だよな?」
 ロウファは訝しげに訊くとアルバートはそこに入るよう促した。
「この通り目立った建物ではたちまち標的にされてしまうからね」
 錆びた梯子を降りると物凄い臭気が漂っていた。おそらくは地上に流れ出た血が混ざっていたのだろう。やや赤みを帯びた濁った水が流れていた。

「ここが僕の病院だよ」
 木材で簡素に仕切られた部屋が作られていた。
 中に入ると空のベッドが幾つも並んでいた。そのどれもが茶色に汚れており、それが血液が乾いたものだと容易に想像出来た。
「ここで治療を?」
 アルバートはため息をついて頭を振った。
「治療というか…看取ったというか…とてもこの設備と環境ではね。正直言うと僕がしてやれるのは痛みを緩和してやることと自分は助かると思える安心感を与えるだけだよ。君のように歩いてここに来れる人は皆無なんだ」
 小汚い椅子に腰掛けため息を漏らした。
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