デスドアオリジナル

□黒い医者と機械人形
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「ここで少し休んだ方がいい。ショックによる一時的な健忘症かもしれないし、或いは頭を打ったことによる後遺症かもしれない。しばらく経過を見たい。ところでご両親は?」
「両親はここにはいない。弟が一人…」
 思わずロウファは唾を飲み込んだ。ふと口から出た弟の言葉に驚いたのだ。

「両親は…そうか。弟さんはどこに?」
「わからない。探しているんだ」
「名前は?」
「名前は…わからない。たぶん…そのケンボーショーというものだろう…」
 ロウファは困ったように眉をしかめると奥にあるカーテンが気になった。

 やけにそこだけが綺麗で違和感があった。
 患者を寝かせるはずのベッドが薄汚れているにも関わらず綺麗なカーテンで仕切られた先が気になったのだ。

「あそこは?」
 指を差すとアルバートは一瞬だけ顔を強ばらせた。
「あの先は特別な病室なんだ。僕の妹が怪我をして寝ている。ここに逃げてくる途中で空爆によって大怪我をしてしまったんだ。妹の治療のために大量の輸血が必要だし、移植のための臓器も必要だ」
「そうなのか…」
 ロウファは歩を進めようとすると遮られた。

「あそこには行かない方がいい。なるべく無菌に近い状態にしておきたいんだ」
 すると突然轟音が鳴り響き部屋全体が大きく揺れた。天井から粉塵がパラパラと落ちてきて瞬く間に部屋の空気が濁った。
「今日何回目だ!ちくしょう!」
 どうやら地上では爆撃が行われているようだった。

「他に生きている人はいないのか?」
「隠れている人はいるだろうけど、ここ暫くは生きてる人に会ったことは無い。本当は新鮮な臓器や血液が必要だし、もっと薬も欲しいのだけど…こんな状況じゃ…」
 アルバートは手を握り込む。その左手を見ると薬指に指輪がはまっていた。

「その指輪は?」
「僕にも妻がいた。先日の空爆によって髪の毛一本すら残らなかったけどね。僕はこの戦争が憎い!だけど、僕の力じゃ何も出来ないんだ。この街は空爆から逃れていた。反戦勢力が陣取っていたからね。誰もが希望を託しこの街に移り住んだ」
「でもこの有様か」
 ロウファの言葉にアルバートは何も言わずに頷いた。しばらく何かを考えるように下唇を噛んでいる。

「いつまでもここに留まってはいられない。食糧も限られている。でもまだ妹は動かせる状態じゃないんだ。空爆はいつ始まるかわからない。いつまで続くかもわからない。どうしようも無いんだよ」
「やれやれ…仕方ないな。ワタシが食糧を調達しよう」
 ロウファが申し出るとアルバートは驚いたように目を大きくした。

「君が?それは…助かるけど…とても危険だしまだ記憶障害は治ってないじゃないか。落ち着くまで君はここにいてほしい」
「ここに来た時にサイレンが鳴っていた。誰かが鳴らしているのだろう?」
「ああ、そうだ。反戦勢力の連中がまだ生き残っている。しかし、どこに身を隠しているのかわからないんだ。仮に会ったとしてもこんな状況だから仲間以外は信用されないだろうね」
 薄暗い光の中でアルバートは黒いバッグを手に取りカーテンの方を見る。

「僕は妹の治療がある。君は休んでてくれ」
 そう言うとカーテンの向こうへと歩いていった。

 ロウファは歩いてきた通路を改めて確認する。目の前にはごうごうと音を立てて汚水が流れている。

(この地下水路はどこまで続いているんだ?)
 死神カラスの力が無ければ死神としての力は発揮出来ない。この状況で不浄が現れたならたちまち危機に陥ってしまうのは明白だった。

(ブラック様はどこにいるのだろうか…)

 ロウファはやや不安を覚えていた。
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