甘い夜【完】

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皆さんは信じますか?吸血鬼の存在を。この世界にはいるんです。
信じられない存在が。

今から約30年前俺、黄瀬涼太は事故で死んだ。
不運な事故だった。ひき逃げ犯が信号無視で突っ込んできた。俺はあまりに突然のことで、頭が追いつかずただ呆然としていた。
周りの逃げろという言葉は聞こえるのに足が動かなかった。あの時の時間はまるで永遠のように感じられた。
そして轢かれた。自分の体が宙に放り出されていたし、打ち付けられたときに血が出ていたのも覚えてる。
なぜあんな状況でそんなことを思うことができたのか分からないが、俺には分かった。
自分が死ぬんだということを。
とりわけ悲しいというわけでもなかった。だって死んでも良かったのだ。
俺の外見しか見ることのできないバカな連中。笑っていれば騙される愚かな連中。吐き気がする。

そんなことを考えているうちに病院に搬送されていたようだった。
俺はその時気を失っていて覚えていないが。
そこで一旦俺は死んだらしい。だが、蘇生した。それは翌日のことだったそうな。なぜなのかは未だ分からない。
両親が泣いて喜んでいた。
医師が信じられないという目をしていた。
俺はただがっかりしていた。死ねなかったのかと。その時はまだ気づいていなかった。自分が吸血鬼になってしまったことなんて。
でも、生き返ってしまったのはもしかして未練があったのだろうか。なんて考えていた。
ただ俺はその時そんなこと顔にも声にも出さずに言ったんだ。
「泣かないで。母さん、父さん。俺は生きてるよ。」って。
笑顔で誰にも悟られぬよう。そんなこと微塵も思っていなかったくせに。

それから病院も退院して、また元の生活が始まった。
ある日のことだ。急に喉が渇いてしかたがなくなった。どれだけ水を飲んでも喉は潤うことがなかった。
そんな時
「ただいま。」
母さんが帰ってきたんだ。ぶっちゃけその後のことは覚えていない。目の前に首筋から血を流して倒れている母さんが目に入った。頭がおかしくなりそうだった。
渇いて渇いてしかたがなかった喉はいつのまにか潤っていて。口が濡れているような気がして口を拭えば母さんのものであろう赤い血がついていて。

そこでやっと気づいたんだ。そうか、俺は吸血鬼になってしまったのかと。

そっとしゃがみこんで母さんの傷に触れれば傷が癒えていった。
これにはさすがにびっくりした。あ、じゃあ記憶も消えるかな?ていうか消えてくれないと俺超困るんですけど。なんてのんきに思っていて。頭にそっと手をかざそうとした瞬間。
母さんが目覚めた。
「ん・・・っ!」
母さんの顔は恐怖に満ち溢れていた。
「母さ・・・」
「来ないで!このっ・・化け物!!」
あぁそうか。俺は化け物になったんだ。おびえている母さんを見ていられなくてもう1回倒れてくれたら・・・なんて思っていたら、母さんは倒れた。スゴイな。思っただけでできるんだ。
頬が冷たい。なんだろって思えば瞳から涙がとめどなく溢れていて。どうしても止まらなくて。ただ悲しかった。
自分が化け物になってしまったこと以上に母さんにあんな目を向けられたことが。もう俺は母さんの息子であって息子でないことが。
母さんの前に立って俺に関する全ての記憶が無くなるように念じた。
俺の今日の部分の記憶だけを抜き取ればそれで良かったのかもしれない。また普通に暮らせたのかもしれない。
けど、無理だ。結局母さんも一緒だった。周りと同じ。俺が人間でなくなったらダメなんだ。俺の中身を愛してはくれなかったんだ。

家を出た。上を見上げれば雲一つない空に三日月が輝いていた。まるで俺のことをあざ笑っているかのようでひどく不快だった。

「あら・・?なんで私こんな所で寝てるのかしら?」
不思議に思いながらもリビングへ向かう彼女。
シン・・・・
旦那が帰ってくるまでには時間がまだまだある。だから1人なのはいつものこと。
なのに、なんだかおかえりという声を毎日聞いていた気がした。
そんなことあるはずないのに。
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