Short★book

□水色の花束
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水色の髪の彼は1人涙を零した。
もうこの部屋の主が帰ってくることは2度とない。机の上に適当に置かれていた日記。彼がなんとなく記したその日記は、水色の髪の彼こと黒子にとって最後の思い出となった。黄瀬と過ごした日々の。
窓を開けて、風を部屋に取り込む。空気が少し軽くなった気がした。
黒子は声を荒げるでもなく、ただ頬に涙を伝わせ続けるだけだった。
彼の頭の中にはたくさんの黄瀬がいた。出会ってからずっと側にあったたくさんの表情の黄瀬を思い出していた。その半分以上が笑顔だった。






黄瀬くん、君はずるい人ですね。君が死んだと聞いて僕は死にたくなりました。心に大きな穴が開いたみたいに何かが足りないんです。君が仕事だと聞いても我慢できたのは来てくれるって分かっていたからなんですよ。ごめんって大きな声で謝ってくれるのを待っているのも好きだったからなんですよ。
だけど君はもういない。おはようもおやすみも言ってくれない。僕の家の扉を笑顔で潜って来ることもない。大好きだよって言ってくれることもない。
黄瀬くんは僕のことはなんでもお見通しなんですね。君の日記に書いてある通りですよ。僕は君が大好きでたまらないけど、どうしても照れくさくてあまり言うことができませんでした。それにしても僕はそんな顔をしていましたかね。全く気付きませんでした。でもそれで君に想いが伝わっていたというならそれはとても嬉しいことです。
満月って...僕はそんな大それたものではありませんよ。綺麗でもありません。モデルだった君なら僕なんかとは比べ物にならないくらい綺麗な人をたくさん見てきたでしょう。
僕が会った中で最も綺麗なのは黄瀬くんです。あなたほどの人には今まで会ったことがありません。これからも会うことはないでしょう。そうですね。例えるならお日様です。君がいるだけで心がポカポカと暖かくなりました。そんな君と過ごす時間が僕は何より好きでした。
愛してるって言って欲しかったです。それに僕だって言いたかった。
君との思い出は全て過去形でしか語ることができない。そう思うだけで君がいないという現実が僕に突き刺さる。痛くて痛くてたまりません。
どうして君なんだろうって、どうして他の人じゃないんだろうって思ってしまった僕は最低です。君に軽蔑されても仕方ありません。軽蔑されてもいいから、怒られてもいいから君に側にいてほしかった。ずっと一緒にいたかった。これから僕に1人で生きろというんですか。昔のように寂しく生きろというんですか。無理ですよ。君の暖かさを知ってしまったから。君が側にいない毎日なんて耐えられないんです。それでも君は僕に生きろというんでしょう。残酷な笑顔で。死にたいと僕が泣いて訴えても、絶対駄目だというんでしょう。ずるいです。........ずるいです。嫌だ。君がいないなんて。嘘だ。これは夢だ。ってどれだけ思ってもこの夢が終わる日は来ない。
ねぇ黄瀬くん。僕は嫌で仕方がないけれど、自然に終わりが来るその日まで頑張って生き続けます。そのかわりお願いがあるんです。その時はきっと迎えに来てください。僕の大好きなあの笑顔で迎えに来てください。
そうそう。黄瀬くん。最後にもう1つだけ。花言葉の意味。僕は知っていましたよ。僕も君に同じ言葉を捧げます。生涯を通して真実だと証明してみせます。

どうか安らかに眠ってください。












水色の花束の上に一粒また一粒と雨が降ってくる。黄瀬が黒子のようだと表現したその花はもう萎れ始めている。それでも黒子は大事そうにその花束を抱きかかえ続けた。そして左手の薬指には銀色のシンプルな指輪が嵌められていた。
黄瀬が想像したような笑顔の彼はそこにはおらず、ただひたすらに悲しみに溺れ涙を流す彼だけがいた。
風が彼の髪と花束を揺らした。簡単に散ってしまったその花びらはゆっくりと床に落ちていった。

この花のように散ったりしない想いを君に。
この花言葉のように強い想いを君に。



「きっ......せ...く...」

彼がこの部屋に入って初めて発した声はとても悲痛に満ちていて。
ガクンと膝から崩れ落ちた彼は床に蹲って声を押し殺すように泣き続けた。







水色の花束-----ローズマリーの花束だけがその光景を見つめていた。
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