Short★book

□夢現のその先へ
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「征十郎っ!」
その輝く笑顔が僕は何よりも好きだった。




ある何でもない普通の日曜日。君は僕とのデートに向かう途中だった。
信号無視のバイクとの衝突事故に巻き込まれ、表情筋を不確定損傷した君は、二度と表情を変えることはできないと医師に言い渡された。
それでも君は悲しそうな顔をすることはなかった。けれど瞳からは涙が溢れていた。
僕は何と声を掛けたらいいのか分からなかった。そして君の表情を見て、とてもつらかった。

「ねぇ、征十郎。」
なんだい光樹。
「すっげぇ綺麗だな。感動した!」
うん。目を閉じていても分かるよ。だって君の声は嬉しそうだ。でもね、目を開けたら分からないんだ。君は無表情のままだから。



春の暖かい風が人々を包む今日この頃。2人は公園のベンチに座っていた。
降旗は赤司の膝の上で穏やかに眠っていた。
側にある木にはもう蕾が芽吹いており、早く咲きたいとでも言わんばかりに大きく膨らんでいる。遊具で遊ぶ子供たちの声は楽しいという思いに満ちていて微笑ましいものであった。老夫婦が仲良くお喋りをしながら散歩をしている。猫がニャアと鳴きながら草原を駆けていく。子供が遊んだ後のブランコがキィと音を立てながら未だ揺れている。青年が1人ら道端に缶をポイ捨てした。女子高生たちが大きな笑い声をあげながら通り過ぎていく。ワゴン型のクレープ屋さんの店員がいらっしゃいませと元気良く接客をしている。
征十郎の目には全てが偽物であるかのように見えた。どこにでもあるこんな風景に、何故か違和感を覚えた。


違う違う何かが違う。何が違っている?何も違わない。いいや違う。だから何が?...そうだ。全てが違う。




『...じゅ......ろ...........ねが......き』
頭が痛い。痛くてたまらない!
『せ....じゅ......................きて』
何だ、何と言ってるんだ。誰なんだ。

『征十郎...お願いだよ、起きて......』
こう...き?


頭の中に響く声に思わず眠っている降旗に目向ける。あまりの痛みに体を動かし過ぎてしまったのか、呻き声をあげながら彼は目覚めた。
「....ん?どうしたの?征十郎。」
きょとんとした声を出し、首を傾けながら降旗は不思議そうに赤司に尋ねた。もちろん表情は変わらない。

『あれ?なんで....』
「ねぇ光樹。なんでキミの表情は固まってるの?」

「...え?」

『そうだ。そんな訳がない。だって......』
「表情を無くしたのは僕だ。」




その瞬間、世界が崩れ落ちた。ガラスが割れていくかのように音をたてて。
先程まであった風景も音も全てが無くなっていく。真っ黒な世界に残ったのは降旗と赤司の2人だけだった。
刹那、2人を、眩い光が包んだ
降旗も足から崩れ始めていた。
降旗が赤司を光の方へと押したため、赤司は光の中へと引きずられていった。
驚いて、後ろを振り返り最後に見えたのは笑顔の降旗であった。それに赤司も微笑んで光の中へ飛び込んだ。
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