novel
□深紅のハートが割れる音
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私はいつも、孤独に苛まれていた。
というのもむかし生業としていた殺し屋業をやめてから度々私を襲うこの感情、こいつはまたいつか人間を手にかけていかなければいけていけないのでは?という疑心からくるものであった。
私はシンドバッド王に忠誠を誓った身ではあるが、しかしそれが彼がわたしを一生裏切らないという確固たる証拠ではないのだ。
いくら優しく声をかけられようとも、いくら彼の笑顔がわたしだけに向かれようとも。
心の中では彼のことを信じたいのに、根っこの一番下ではやはりあの頃の覚めた瞳で自身を見つめる子供の自分がいるのだ。
その冷たい瞳はあの頃の痛みを忘れるなと言わんばかりにわたしを貫く。いいや、信じたいと言っている。彼は私のことを裏切らないと。
揺れる感情の狭間は、ひどく窮屈な世界であった。
***
「ジャーファルぅ、おいジャーファルぅう」
「あああ…うるさいですよシン」
私の体を椅子ごと後ろから抱えるように抱きつくシンドバッドはまるで駄々っ子。いい年した大人がなんという醜態!
ぺちんと頭を叩いてやれば目を細めながら優しく笑う。奥に潜んだ琥珀色の瞳に落ちた影がいっそうシンの表情を深いものへと作り
上げていた。
「まったく、何だっていうんですか。さっき渡した仕事はまだ終わっていないでしょう?」
「…終わった」
「嘘吐け!」
再びに制裁を加えようと右手をあげた時、先手を打たれ手は宙に浮いたまま行き先を無くす。
「ジャーファル、そう何度も同じ手には引っかからんぞ」
「…ああそうですか」
さらに密着するように頬をグリグリと後頭部に押し付けてくる。
それはそれで嬉しいのだが、いかせん今はただでさえ忙しいのだ。猫の手も借りたい時に、自分の手をもっていかれたんじゃあ、たまったものではない。
「そうピリピリするなよ。今日のお前は怖い顔をしているぞ」
「怖い顔なわけないですよ」
思いっきりに眉根を寄せてできるだけ声を低くして言う。シンはそれすらも面白そうに声をあげて笑った。同調して揺れる濃紫の髪すらも、私を笑う。
「またお前は難しいことでも考えていたんだろう?怖い顔してる」
「………あなたには、何も隠せないのですね」
そこでようやく私は筆をおく。まだ仕事は山積みだ。
シンと向き合う形になるように一度彼の手を解いて顔を見上げた。開け放った窓から入り込む風が髪を弄ぶ。ゆらり揺れ動く
それと共に私の感情もどこか遠くへ運んで欲しいくらいだ。
「少しだけ、あなたと出会った頃のことを思い出していただけですよ。少しだけ」
「何か面白いものは見つかったのか?」
「いいえ、全然。今の方がよっぽど楽しいですよ」
にっこりと笑って見せれば、つられてシンの顔眉根も下がる。
そうだ、私は何を心配することがあったのだろうかと今更ながらに思い直す。
例え誰が誰を裏切ろうとも、たいしたことでない。そう思うと何処と無く晴れたわたしの心。
「シン、シン、シンドバッド王よ」
今はただ、忠誠を誓った彼の名を呼んでいたい。そう願ったはずなのに、凪いだ風によって感情はどこかと奥の地へと押し流されて行く気がしたのだった。
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ほわああああぁ!!
お見通しなシン、気持ちが揺らぐジャーファル、なんて素敵なシンジャ…私にはこんな素晴らしいもの書けないです
甘いのも好きですが、こういうシンジャも大好物です///
素敵な小説ありがとうございました!(´`*)
20130312