Humoresque【short】
□カプチーノと風見鶏
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「なぁ、久し振りにあの場所に行こうぜ。」
親友からの連絡だった。
スーツの袖から覗き見える腕時計の時間は十八時四十七分。メールは一時間前に受信していた。
あいつは仕事が終わってから直ぐにメールを寄越したのか。小さく舌打ちをする。もっと早くに気付いてやれば良かった。
残業分の資料を鞄に詰め込み、先程社内のスタバで買ったアメリカンアイスコーヒーのプラスチックのカップを揺らす。
まだ半分も飲んでいない。一口飲むと、氷がガシャガシャと高い音を立てた。
「あれ、先輩、今日はもうお帰りですか。」
隣のデスクの後輩が少し残念そうな顔でそう言った。
「あー、ちょっと用事が出来たから。」
パソコンで作業していたプログラムを一つずつ確認しながら閉じていく。
こんな日に限って情報量が多い仕事ばかりしている。溜息が出た。
「先輩と飲みに行きたかったんですけど。」
後輩が口を尖らせてそう言う。
女みたいにそんなことして、大の男が恥ずかしくないのだろうか。
少なくとも俺は恥ずかしい。
「今度の企画が終わったら飲みに行こうな。」
「マジですか、やったー。」
後輩の笑顔を横目で見ながらデスクトップを整理する。
つい先日メモリーを新調したばかりだったのに、もう容量がオーバーしそうだ。また溜息を吐く。
ああ、そうだ。先輩を飲みに誘うなら、良い仕事して、先輩に奢ってもらおう、くらいの気持ちで誘ってほしいものだ。心の中で呟く。
「その代わり今日中にその企画書上げとけよ。」
「え。が、頑張ります。」
少しくらいプレッシャーを掛けないとこいつは頑張れないだろう、俺と同じだ。
出勤時より重くなった鞄を持ち上げて、コーヒーの容器を指先だけで軽く握った。
「じゃあ、頑張れよ。お先。」
「お疲れ様でした。」
後輩の声を背中で聞いてオフィスを抜ける。
いつも我先にと挨拶をしてくる受付嬢もいない。
もう定時はとっくに過ぎているのだから当たり前か。
ロビーを足早に通り過ぎてから幼馴染みに電話を掛ける。
今、親友のあいつは何処に居るのだろうか。
外の空気は社内に比べて冷たい。