過去拍手文

□魔性の残り香
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膝を突くフェアの首筋にあてられた刃が、日の光を反射して不気味な煌めきを放つ。
剣は弾き飛ばされた。サモナイト石も所持していない。

絶体絶命の状況だ。


それを冷徹な瞳で見下しているのは、煙草を咥えた長髪の男。手にした刃をフェアの首筋にあてたまま、悠々と煙を吐き出している。


勝敗は決し、この男の手に自らの命が握られている状況にもかかわらず──フェアは鋭い眼光で男を睨み返した。



「クク……まだそんな眼が出来るとァ見上げた根性だ。泣き喚いて命乞いでもしてみりゃ、助かるかもしれねえってのによ」
「誰が、アンタなんかに……っ」
「なら、死んだ方がマシってわけだな」



男はそう言い放ち、刃の腹でフェアの顎を押し上げた。


絶対的な「死」の恐怖を初めて味わい、凍てつくような戦慄がフェアの中を浸食し始めた刹那──男は、溜め息とともに刃を下ろした。
フェアを見下すその目からは、落胆したような様相が窺える。
「チッ、追い込まれりゃあ覚醒するかとも思ったが、そう上手くはいかねえか」
「……ど……どういう意味よ」



フェアは男の意味深な言葉を聞き返す。
男は刀を鞘に納めながら、その問いかけに訝しげな表情を浮かべた。



「……まさか自覚がねえのか?」
「だから、意味わかんないってば。覚醒するだの、自覚がないだの……」



困惑したような表情のフェアを、男は暫し唖然とした様子で眺めていたが──その直後、腰を折って盛大に笑いだした。
嬉しさ故の笑みだとは思われるが、その中に垣間見える加虐的で凶悪な表情に、フェアは僅かに背筋を凍らせた。



「そうか、なら他の連中が気付いてねえのも頷ける。まさか、これまで発現していた力は潜在能力の一部でしかねえとはな」
「あのねぇ、一人で納得するのはいいけど…──油断大敵よっ!」



男は刀を鞘に納めた状態で、しかもフェアの動作を全く気に留めていない。

一瞬の隙を突き、フェアは傍らに落ちた剣を即座に拾い、目にも留まらぬ速さで男に斬りかかった。
フェアの放った起死回生の一撃は、普通の相手なら到底回避出来ない程の早さだが──フェアが感じている以上に、男との間には圧倒的な実力差が存在していた。

横薙ぎに払った腕は、動かした刹那に男に掴まれていたのだ。
掴まれた腕に加わる力は強く、フェアは苦悶の表情と共に呆気なく剣を取り零す。



「クク……いい気概だ、気に入ったぜテメエ。殺すには勿体ねえ」



ニィ…と加虐的な笑みを浮かべ、男はフェアの腕を離した。
加えられていた強烈な力が突然無くなったことで若干よろめくフェアだが、再度男の手が伸びる。

倒れそうな体を引き起こし、そのまま男は自らの方へ引き寄せた。
もう片方の手でフェアの顎を持ち上げ、その整った唇に自らの唇を重ねる。



「ん……っ!?」



獣が獲物を貪り喰うような、激しく濃密な接吻。
あまりに突然の出来事に理解が追いつかず、目を見開いて硬直するフェア。上手く呼吸が出来ず苦し気に洩れる吐息は、甘い喘ぎ声にも似ている。


フェアが逃れようと身を捩ると、男は意外な程呆気なく唇を離し、フェアを乱暴に突き飛ばした。
そう、わかるわけなんかない。


唇に残る熱も、この胸の高鳴りも。


わかるわけなんか、ないんだから……。




魔性の残り香

(全力で土下座します……!by管理人)

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