過去拍手文
□絶対という名のエゴ
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世界は、誰に対しても平等なんかじゃない。寵愛される者がごく僅かにいる一方で、大多数の者は疎外される。
世界は、決して優しくはない。
わたくしめも、そんな疎外された者の一人。
悪魔と人間の混血──それ故に特異な力と異質な姿を授かり、そしてそれ故に迫害された。
両親や血筋を呪う気持ちは、全くと言っていい程浮かばない。ただ、わたくしめを拒絶した世界は、好きになることは出来なかった。
「……そうですとも、壊れてしまえばいいのですよ。優しくない世界なんて……」
崩れた教会の十字架の上に立ちながら、瓦礫の山と化した街を見下ろし、そう呟いた。
沈みかけの夕日が朱に染め上げる瓦礫の街も、数時間前までは、どこにでもあるような、普通の街だった。
──それを、わたくしめが壊した。
勿論、わたくしめの力だけで街を壊滅させられるわけはない。あの方が作り上げた軍と策略、それにわたくしめの力を加えたことにより、ここまで圧倒的に壊滅出来たのだ。
そう、全てはあの方のお力あってこそ。
「今回もご苦労だったな、ポムニット」
「あ……!」
音もなくわたくしめの隣に現れたのは、赤茶色の長髪を無造作に束ねた男性。
この方こそ、この街を壊滅に至らせた張本人。わたくしめの最も大切な方であり、わたくしめの絶対的正義とも言える存在。
この方が現れたことに、思わず顔が綻ぶ。
そんなわたくしめを見て、この方も穏やかな笑みを浮かべ、わたくしめの腰に手を回し、自身の方へ引き寄せた。
「申し付け通り、今日も沢山壊しました!あ、ここから見える一帯は、全てわたくしめが壊したんですよ」
「ほう、流石に俺が見込んだだけはある。これで俺達が破壊した街は、30を突破したぞ」
「そうですか。でも、わたくしめには数なんてどうでもいいんです。貴方様のために働くことで、貴方様が喜んで下さる……わたくしめにとって、それが一番嬉しいことなんですから」
「ククッ……ポムニット、やはりテメエは最高だな」
喉の奥で低く笑った後、この方はわたくしめの頬に手を添えながら、再び穏やかな笑みを浮かべた。
そしてそのまま、わたくしめの唇にご自身の唇を重ねられた。わたくしめはその背中に手を回し、ぎゅっと抱き締めた。
その暖かく穏やかな笑みも、蕩けるように甘美な口付けも、わたくしめにだけ与えて下さるもの。
世界がわたくしめを拒もうが、この方だけがわたくしめを受け入れて下さる。世界がわたくしめに優しくなかろうと、この方だけがわたくしめに優しさを与えて下さる。
だからわたくしめは、この方と共に歩んでいる。
この方は、今の世界を壊し、新たな世界を創ると仰った。今の世界に疎外されたわたくしめを、優しく受け入れて下さったこの方なら、きっと誰にとっても優しい世界を創れる筈。
この方が笑顔と口付けを下さる度に、わたくしめはその確信を強めていった。
甘美な口付けは終わり、この方の唇が離れる。
名残惜しそうな視線で見つめるわたくしめに笑みを向け、優しくわたくしめの包容を解いた。
「少し、血の臭いが強い。俺の大切なポムニットが汚れちまったら困るからな、帰って体を清めて待っていろ」
「はい、かしこまりました!では、先に失礼して、貴方様のお帰りをお待ちしておりますね」
この方の言葉一つ一つでわたくしめの心は清められる思いだが、この優しくない世界の血の臭いなどで、この方に不快な思いをさせるわけにはいかない。
わたくしめは深々と頭を下げて一礼し、あの方の視線に見送られながら、先に帰還することにした──…。
ポムニットの姿が完全に消えた頃、瓦礫の街に残った男は、独り壊滅した街を見下ろす。
その顔に浮かぶのは、ポムニットに見せた穏やかな笑みなどではなく、全ての感情を排したかのような、冷徹な無表情。それでいて、とてつもない邪悪さを感じずにはいられない雰囲気を纏っていた。
「……そろそろ、独断で行動を起こす危険性が生じてきたな。まだ俺を崇拝しているうちに、始末しちまうか……」
そう言って浮かべた笑みは、この世のものとは思えない、背筋が凍るように凶悪な笑みだった。
これがこの男の本性──ポムニットが信じ込んでいる男の姿は、全て虚像だったのだ。
世界を拒んだポムニットだが、結局はポムニットも世界を構成している要素の一つであり、即ち世界の一部だ。
自分にとって世界が不要だと断ずることが、皮肉にも、世界にとって自分が不要だという結論をも生み出すことになる。
世界を否定した者達は、世界に否定されるのか、それとも新たな世界を見るのか。
それを知る術は、否定し続けた先にしか存在しない。
絶対という名のエゴ
(或いは、正義が世界を滅ぼす例)