過去拍手文
□B.G.
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「37.3℃……まあ微熱ってところですね。ご愁傷様でーす」
「……アンタ、それ本当に医者の台詞?」
ケラケラ笑いながらカルテに容態を書き込んでいる金髪の医師の様子に、リシェルは呆れ顔で文句を言う。
今朝からどうも気だるかったリシェルは、ポムニットの必死の説得に負け、渋々診療所にやってきたのだった(実際には、説得と言うより泣き落としに近かった)。
単なる風邪で良かったという思いはあるが、そうなるとポムニットやルシアンから「安静にしていろ」と口うるさく言われることは容易に想像出来る。リシェルにとっては、風邪の具合よりもそちらの方が懸念すべきことだった。
「この程度なら、注射でも打っておけば明日には完治しますよ。こじらせなくて良かったですねーvV」
「なんだ、だったら心配ないわね。……って先生、今何て言った?」
明日には完治すると聞き、五月蝿く言われなくて済むと胸を撫で下ろすリシェルだが──その前の聞き逃せない単語を耳にし、思わず聞き返した。
医師は何ら思惑の無いいつもの笑顔を浮かべ、さらりと答える。
「はい、注射しますと言いましたけど?何なら、一本サービスしてあげますよ」
「あ、アタシ急用を思い出したから帰るわ!」
「まだ診察の途中なんですがねー?」
結構シャレにならない医師の冗談にツッコむ余裕すらなく、あからさまな言い訳で逃走を計ろうとするリシェル。
医師は「にっこり」と効果音がつきそうな笑顔を浮かべ、立ち上がるリシェルの腕を掴んで逃走を阻止する。
「いーやーだっ!注射嫌い!」
「リシェルさーん、暴れられると危ないんですけどー?」
「うっさい!患者の意思を尊重しなさいよ!」
「それは時と場合によるんですよねー」
駄々をこねるリシェルを宥める医師は、繰り出される攻撃をサラリと回避しつつ、テキパキと準備を進めていく。
それでも尚諦め悪くウーウー唸っているリシェルに、医師は苦笑気味に語りかける。
「どうしてそんなに注射が嫌なんですか?」
「だって痛いもん。そんな針を体に突き刺すなんて、考えただけでも鳥肌ものよ」
「あらら、まだまだ子供ですねぇ」
「うっさい!嫌なものは嫌なの!」
頑なに拒み続けるリシェルに、どうしたものかと頭を悩ませていた医師だが、その言葉を聞いて何かを閃いたらしい。
「と言うことは、痛くなければいいんですね?」
「まあ、そうだけど……」
「それなら、とっておきのいい方法がありますよ。試してみますー?」
「本当?本当に痛くないんでしょうね?」
「大丈夫ですよ」と爽やかな笑みを浮かべる医師に、そこまで言うならとその方法を試してみることにしたリシェル。
……流石は希代の女たらし。女性の信用を得ることに関して右に出る者はいないようだ。
「で、それってどういう方法なの?」
「簡単ですよー。まずは注射の準備をしてですね……」
リシェルの腕に消毒用のアルコールを塗り、注射器を片手に持つ医師。
特別な器具や行動があるわけでもなく、リシェルの中で再び不安が渦巻きだしたその時──。
リシェルは一瞬、何が起きたのかわからなかった。
リシェルの唇に触れる感触は、柔らかくも暖かい。
医師の付ける香水の匂いだろうか?部屋の薬品臭とは違う爽やかな香りが、ふわりと微かに漂う。
漸く理解した頃には既に医師は離れ、テキパキと注射の後の処理を行っていた。
そして何事もなかったかのように、にこりと笑みを一つ。
「はい、おしまいですvV」
「なっ、な、な……!?////」
あまりの衝撃に椅子から立ち上がり、耳の先まで真っ赤にしながら狼狽えるリシェルに、医師は不敵に微笑む。
文句を言おうにも確かに注射は痛くなかったし、思い出すだけで顔が熱くなる。
結局何も言えず、真っ赤にした頬を両手で押さえながら再び椅子に腰を下ろす。
「〜っ……普通、いきなりあんなことする?」
「おや、お嫌いですか?」
「う……嫌、じゃないけどさ」
「なら、いいじゃないですか。注射も痛くなかったわけですしー♪」
いまだ熱を持つ頬を押さえるリシェルに対し、相変わらずヘラヘラとした様子の医師。
「馬鹿!変態!」と暴言を吐くリシェルだが、やはり軽く受け流される。
「てか、風邪の人にあんなことしたら移るでしょ」
「そうなったら看病して下さいね」
「知らないわよ、そんなこと!」
そう言いながら、リシェルはそっぽを向く。小さく「…馬鹿」と呟く熱の引かないその横顔を、金髪の医師は楽しそうに眺めていた。
B.G.
(Bad Guy+Baby Girl!)