過去拍手文

□夢幻の華に包まれて
1ページ/1ページ



夜──まだ少し肌寒さが残る夜風に、美しく咲き誇る薄桃色のアルサックの花びらがひらひらと舞う。
寂々と輝く青銀の月明かりが照らすその光景は、まさに幻想的な美しさだ。


そんなアルサックの木が群生している草原を、ポムニットは目の前の光景に見とれながら歩いていた。
そして隣を歩いているのは、特に関心がなさそうな、いつもの不機嫌そうな顔で歩いている長髪の男。

普段は無造作に縛っている髪を、今日は下ろしている。赤茶色の長髪が風に揺れる様子は、さながら風になびくたてがみのようだ。
そんなことを考えながら、男の様子を横目で窺うポムニットに気付いたらしく、男は不機嫌そうな声音で質問を発する。



「何だ」
「いえ、髪を下ろしてるお姿は珍しいなと思って」
「……花を見に来たんじゃねえのか、テメエは」



ポムニットの言葉に呆れたような声音で返し、男は溜め息を洩らしながらジロリとポムニットを睨む。
普通なら萎縮してしまいそうな鋭い眼光も、ポムニットにとってはいつものこと。クスクスと楽しそうに笑みを零し、「そうで御座いますね」と答えた。
他人を寄せ付けることを好まない男が、任務以外で誰かを傍らに置くことは非常に希。孤高に生きる狼のように、馴れ合うことを嫌っていた。
そんな男が傍らに置くことを許容している人物は数少なく、ポムニットはその中の一人らしい。ポムニット自身、自惚れかもしれないと思いながらも、男の側にいるのが嬉しくて、何かと男と行動を共にした。



ポムニットはふと思い付いたような表情を浮かべると、男の腕を取り、枝垂れかかるように抱き付く。



「離れろ、鬱陶しい」
「うふふ、少し寒いんです。暫くこのままでいさせて下さいませ」



男は眉をしかめて鋭い視線を送るも、自分から振り払うことはなかった。
ポムニットはそんな男の顔を見て満面の笑みを浮かべ、そのまま男の腕に抱き付く。

寒いというのは、勿論ただの口実。

この男の温もりを感じられることが、そして男が自分を受け入れてくれるという事実が、ただ、ポムニットにとって嬉しかった。




夢幻の華に包まれて

(2人の行く末を、舞い散る花弁が見守っているかのようだった)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ