小説

□無題
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Kagetsu

大粒の涙が、その頬を濡らしていく。
ルカは拭うこともせず、ただ、ただ、携帯電話だったものを見つめている。
「……………」
どんな言葉をかけたらいいか分からなかった。ルカがどれだけあの携帯を大事にしていたか、よく知っていたから。
「………ルカ」
もう一度名前を呼んで肩に手を回すと、ルカが強く、しがみついてきた。
体がいつになく震えている。
「…めだ…だめなんだ……あの携帯じゃないとだめなんだ…!」
嗚咽にまじって聞こえる声も、細く、小さかった。
「…だって……っく…あの中には…お前との思い出がっ………たくさん…あっ……て…」
「…ああ、確かにそうだな」
しっかりとルカを抱き締める。
メールに、履歴に、スケジュール帳に、アルバムに、待受に、着信メロディに、それぞれ思い出が溢れていた。
二人の'これまで'があの携帯にはきちんと記録されていた。
どれもこれも愛しくて。
どれもこれも大切で。
「…だから…っ…なくしたくなんか…なかったのに…っ……お前との思い…出は…ぜん…ぶ……取っておきたかったのに…」
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