SILVER SOUL

□夢は泡沫のように
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人は命の危機に瀕すると生殖本能が高まる、というが。
こいつもそうなのだろうか、と妙にぎらついた目で自分の腕を掴む男を見た。
今は戦の真っ只中で、しかもこちらは押されて引いてきたところである。
体も疲れているし、この男のそれに今は付き合ってやるつもりはない。
「離せ、高杉。俺は疲れているし、お前も休んだ方が良い」
「……」
「分かったな」
「おい、待て、」
早々に振り払って銀時達のいる方へ戻ろうと、踵を返したその瞬間にもう一度腕を引っ張られた俺の重心が傾く。
あっと思った時にはもう遅く、くるりと半回転しながら倒れた俺は腕を掴まれたままで受身を取れず、頭を強かにぶつけた。
目から火花が散るようなこの感覚は、どうやら運悪く下に大きな石でもあったようだ。
ぐにゃりと歪む視界の端に、珍しく慌てたような高杉の顔が映る。
大丈夫だと、そう言おうとした矢先にふっと意識が途切れた。



暖かい日差しが顔に触れる。
その感覚で目が覚めた。
「ん……?」
痛む頭を抑えながら起き上がり辺りを見渡すと、そこは畳の一室だった。
襖から漏れてくる淡い光が布団を温めていた。
血腥い戦場からかけ離れたあまりに穏やかな空間に、呆気に取られる。
「どうなっている……?」
と、足音が近づいてくる。
慌てて刀に手を伸ばそうとするが、それはどこにも無かった。
丸腰だという事実に緊張が走る。
襖が開いて入ってきた男は、逃げ腰の俺を見て、目を見開いた。
「ああ、目が覚めたんですね。良かった」
微笑むこの男から攻撃的なものを感じない。
いくらかほっとして、居住まいを正した。
改めて眼前の男を見上げて観察する。
歳の頃は俺と同じくらいか、少し若いくらいだ。
黒目がちの大きな目を長い睫毛が囲っている。
「貴方は家の前で倒れていたんですよ。少し怪我もしていたようですが、大丈夫ですか?」
そう言いながら座った男に、慌てて頭を下げる。
「あ、ああ……それは忝ない。体の方は平気だ、感謝する」
何がなんだか分からない。
一体ここはどこなのか。
そういえばさっきまで共にいた高杉は。
辺りを眺めるがその姿はなく、溜め息を吐く。
訳の分からない事ばかりな上、強かに打った頭が痛い。
「世話になった」
探さなくては、と立ち上がると、同じように目の前の男も立ち上がった。
「行くところがあるのですか?」
「いや……知り合いを探そうと思う」
「手伝いますよ」
何故ここまで親切にしてくれるのか。
にこりと微笑むその男の真意を見透かすことは出来なかった。



いかにも怪しい、行き倒れのように倒れていたこの長髪を下ろしたままの男を助けたのは理由がある。
気が付くかと思い肩を揺らしてみると、高杉、とぽつりと呟いたからだ。
晋作の知り合いなら助けないわけには行かないし、そうでないにしても気がかりではある。
それに派手に怪我はしていないものの、男の身体には無数の小さな傷があった。
それは傷が付いてから大分経ったようなものから、今朝付いたようなものまで様々だ。
まるで戦場から抜け出してきたような。
兎に角、もう少し様子を見る必要がある。
そう考えて男と共に立ち上がった。



道中、俺の困惑は増してゆく。
知らない場所の筈なのに、どこか懐かしい。
幼い頃を思い出すようなこの感覚は何だろう。
そして、俺の隣を行くこの男。
探し人を手伝うと言いながら、どんな人物を探そうとしているのか聞きもしない。
何か考え事でもしているのだろうか、物思いに沈んでいるようだ。
よく分からぬ男だが、何故か会ったばかりのこの人物にどこか自分に近しいものを感じているのも確かだ。
「そういえば貴方、名はなんというのです?」
ふと顔を上げた男と視線が合う。
この男も俺に何か感じるものがあるのだろうか、探るような目付きだ。
「俺は、」
「桂さん!」
急に名前を呼ばれ、どきりとする。
が、その声に反応したのは俺だけでは無かった。
ぱっと隣の男の顔が綻ぶ。
「晋作か」
晋作と呼ばれた男は、俺達より大分若い。
駆け寄り、俺達の間に割って入り訝しげな視線をこちらに向ける。
「こん人は?」
「ああ、訳あってこの方の探し人を手伝っていてな」
「ふうん」
ぶすくれたような表情は、どうやら桂と呼ばれた俺と同じ名のこの男と一緒にいたのが気に食わないようだ。
こちらに向く瞳が好戦的に光る。
「俺の探している男は高杉と言って、目付きの悪い男でな」
そう言うと、少年は唖然とした表情を浮かべた。
直ぐ隣で笑いを含んだ声が聞こえる。
「貴方の目の前の男も高杉と言いましてね」
「何?」
そう言われると中々どうして、目付きの鋭さがよく似ている。
「まさか、高杉の弟か!?」
「阿呆か」
背後から低い声がした。
振り向くとそこには、
「高杉!」
俺の顔を見て、高杉は盛大に溜息を吐いた。
腕を組んで不機嫌そうに目を細めている。
しばらくぶりに感じる見慣れた顔に、少しホッとしている自分には気付かないふりをした。



「漸く見つけたぞ高杉」
「こっちの台詞だそれぁ」
言い合う二人の男達を眺めていると、隣の晋作が袖を引っ張った。
見ると、憮然たる面持ちだ。
「桂さん、何なんじゃこれは」
「うーん……何なんだろうねぇ」
自分でもよく分からないが、あの男を助けてやらねばならないと心の奥底から湧いてくる思いを止める事が出来なかった。
初めて会ったというのに、おかしな事だが。
「晋作はどう思う?」
「何がじゃ?」
「今来たばかりの男の事だよ」
晋作は顎に手をやり暫く考えた後、
「なぁんか、気に食わん」
と呟いた。
晋作も何か思うところがあるらしく、眉根を寄せるその表情に思わず笑ってしまった。
すると、その声に気付いたのか長髪の男が戻ってきた。
その表情は幾分和らいでいる。
「桂殿、世話になった」
「いえ、私は何もしてませんよ」
そう言うと、男はふわりと笑った。
ここに来て初めて見た笑顔だ。
「いや、本当に助かった」
深々と頭を下げる姿に、つられて自分も頭を下げる。
その間を一陣の風が吹いた。
すると、後ろに居た晋作があっと声を上げる。
「どうした晋作?」
振り向くと、晋作は目を白黒させて指をさす。
「き、消えた……」
「え?」
目の前にいた二人が、忽然と姿を消していた。
慌てて辺りを見回しても、何処にも見当たらない。
狐につままれたとでもいうのだろうか?
屋敷に戻っても、男の事を覚えている者は一人も居なかった。
覚えていたのは私と晋作の二人だけ。
「結局、あの男の名前を聞きそびれたな」
呟くと、晋作は私の出した菓子を頬張りながらあっけらかんと言った。
「桂、というんじゃろ」
「何故そう思う?」
尋ねると、何となくと晋作は答える。
「私もそう思う」
そう言って、熱い茶を啜った。



「おーい」
目覚めると、眼前に白いモジャモジャが見えた。
「……銀時?」
痛む頭を擦り、起き上がる。
「二人してこんな所で寝こけて何してんだ?」
訝しげな表情の銀時に、曖昧に頷く。
さっきのは夢だったのだろうか。
おかしな夢だったと思いつつ、桂という男の顔ははっきりと今でも覚えている。
高杉を見ると、同じく微妙な表情をしていた。
まさかとは思うが、同じ夢を見ていたのだろうか。
「すまない、疲れていたようだ」
そう言うと、銀時は肩を竦めた。
「そりゃ皆そうだろ」
「今度は俺達が見張りをしよう。行くぞ高杉」
俺の言葉に、高杉は気だるげに立ち上がる。
見張りをしながら、変な夢を見た、と言うと、
「俺もだ」
と高杉は答えてそれでこの話は終いになった。
そしてもう二度と同じ夢を見る事は無かった。











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