SILVER SOUL

□女の足駄にて作れる笛は秋の鹿寄る
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坂本辰馬という男は、何か厄介事を持ってくるのが趣味のような男だった。
つまり、基本的に迷惑な奴という訳だが。
今回ばかりは辰馬の奴に感謝せざるを得ない。
「何をじろじろと見ている、馬鹿者め」
何時もよりトーンの高い声で桂が言う。
それを無視して無遠慮に桂に視線を送る。
元からすらりとした華奢な体躯は変わらないが、少し丸みを帯びたライン。
そして僅かながらふっくらした胸元。
確かに奴は今女になっていた。
「どっちが馬鹿だ、辰馬が持ってきた物なんか信用してほいほい飲むからそうなる」
そう言って煙管を桂に向ける。
煙たい、と桂は眉をしかめた。
「坂本は珍しい酒だ、と言って寄越したんだ。こんな事になるとは思うまい」
「珍しい酒ねぇ……」
部屋の隅に置かれた瓶を見る。
三分の一程減っているそれは、成る程酒に見えなくもない。
「まァほっときゃ治るだろ」
「そうでなくては困る。この体では刀が重くて仕方が無い」
少し疲労したような顔の桂を横目で見つつ、俺は尋ねた。
「で、俺にわざわざ何の用だ」
ヤられに来たのか?と言うと、桂は馬鹿な、と即答する。
まぁ何と言おうがヤるつもりだが。
飛んで火に入る夏の虫とはこの事だ。
そう思い僅かに上がった口角は、直ぐに下がる事になった。
「着物を借りようと思ってな。この通り、背が縮んでしまって俺の着物では合わんのだ」
「……は?」
「だから、お前の着物を、」
「何で俺のだ」
勝手に低くなっていく俺の声に気付きもせずに、桂ははっきりと言った。
「俺よりお前の方が小さいだろう、身長が」
――この野郎。
昔から密かに気にしている事をさらりと抉りやがって。
ひきつる頬を無理矢理平静に戻し、
「でもなァ……今はお前の方が小せぇよなァ?」
桂を押し倒して反撃に出た。
「そりゃ女だからな」
尤もな台詞を聞き流して首筋に舌を這わす。
「高杉、」
「止めねぇぞ」
咎めるような桂の声に、皆まで言わせず即答する。
溜め息を吐いた桂は、すっと一点を指さした。
「じゃあせめて煙管の火を消せ」
「……」
全く、雰囲気も何もあったもんじゃない。
俺は黙って着物を脱いで桂に渡した。
拍子抜けしたような顔の桂に、
「萎えた」
と一言言い放って新の着物を出す。
さっと羽織って後ろを振り向くと、既に桂は着替え終えていた。
「……似合わねぇ」
「お前の着物が派手過ぎるんだ」
借りておきながらぶつくさと文句を言う桂に流石に堪忍袋の緒が切れた。
再び畳に沈めると、
「萎えたんじゃなかったのか」
と桂が驚いたように言う。
知るか、と言って俺は俺の着物を脱がせた。
組み敷いた体は何時もよりも柔らかくて、
――妙な気分だが、悪くない。
俺は本能に身を任せる事にした。












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