BLEACH

□白衣の背中に
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――何であんな奴が好きなんだ。
昨日そんな事を言われた。
……好きになったもんは仕方ねぇだろうが。
恋愛って、そういうもんじゃねぇの?



「なァ、阿近さん」
黙々と仕事をしている後姿に向かって俺は話し掛ける。
「……」
返事は、無い。
「阿近さんってば……」
「五月蝿ぇな、気が散る」
こっちを振り向きもしないで阿近さんがそう答える。
冷たいのは何時もの事だけれど、今日は沈黙が何時も以上に辛かった。
――何であんな奴が好きなんだ。
その言葉が頭の中を錯綜する。
確かに、俺は好きだけど。
阿近さんは本当に俺の事好きなんだろうかと不安になる。
「何作ってるんですか?」
無理に明るい声を出して、俺は肩越しに作業の様子を覗こうとした。
が、それも阿近さんの腕に阻まれて。
「それ以上近付くんじゃねぇよ」
低く冷たい声でそう言われた俺は、相当情けない顔をしていた事だろう。
「……ぁ、の……」
何か言いたかった筈なのに、何も言えなくなった。
阿近さんの背中が近い筈なのに凄く遠くに思えて。
見開いた目の端がじわりと熱くなる。
ヤバイ。泣き顔は見られたくない。
本能か何なのか、兎に角目から涙が溢れ出す前に此処から出なければ、と思った。
「あの……帰りますっ……」
やっとの事でそう言って、踵を返して走り出した瞬間だった。
床に落ちていた実験器具のチューブみたいな物を踏ん付け、俺はバランスを崩した。
「ぅおっ……!?」
俺は間抜けな声を上げてそのまま薬品が置いてある棚に派手にぶつかった。
ガラスが砕ける時の様な、大きい上に甲高い音に阿近さんが驚いた様に振り向く。
そこで初めて俺と阿近さんの目が合った。
「おい、……」
「すみませんっ、デカイ音たてて……」
慌てて立ち上がろうとした時、
「危ねぇッ……!!」
初めて聞いた阿近さんの大声に驚いて顔を上げると、すぐ近くに見たことも無い焦った阿近さんの顔があって。
細い腕が伸ばされ、其のまま俺を巻き込み倒れた。
と同時に、パリンと硝子の容器が砕ける音が聞こえる。
阿近さんの身体にすっぽりと包み込まれた俺は、何が起こったのか理解出来ない。
「あの……阿近さん……?」
俺が身体を起こそうと動く。
と、その少しの俺の体の揺れを受けて、阿近さんの身体がぐらりと傾いた。
「えっ……?」
其のまま割れた硝子の上に転がりそうになった阿近さんを慌てて抱き止めると、背中に触れた手に焼け付く様な痛みが走る。
「痛っ!?」
反射的に手を見ると、其処は焼け爛れた様になっていた。
「な……!?」
「修兵、触んな……」
俺の腕を振り解き、阿近さんがゆらりと立ち上がった。
其のままふら付きながら部屋の奥に行こうとする、そんな阿近さんの背中を見た瞬間、俺は自分の目を疑った。
其処の部分の技術開発局の白衣は勿論、下の死覇装まで黒く焼かれて無くなっていた。
晒された肌は赤く焼け爛れていて、異臭が漂っている。
俺がぶつかった棚の上に置いてあった薬品が落ちて来て、そして阿近さんは俺を庇って――。
混乱した頭が其処まで理解した。
理解したと同時に自責の念が溢れ出す。
「阿近さんっ……」
ふらついて奥に行こうとする阿近さんを支え、止めた。
「四番隊に行かないと……っ」
「大丈夫だ」
そう言って阿近さんは又歩き出そうとする。
「駄目です!早く治療して貰わないと……早く……御願いですからっ……」
「修兵」
俺の必死な声とは対照的に、低く落ち着いた声が部屋に響いた。
「何泣いてんだ」
「え……」
阿近さんに言われて初めて自分が泣いている事に気が付いた。
「だっ……て、俺の所為で阿近さんが……」
「お前に迷惑かけられる事なんざ、もう慣れてんだよ」
ハッと息を吐きながら阿近さんが笑う。
確かに、阿近さんにとってはそうかも知れないけれど。
「今回のは今までのとは違います。怪我させてるんです!だから……歩くのが辛かったら俺が四番隊まで運びますから……っ」
「薬なら此処に有る」
阿近さんは薬瓶の様な物を俺に見せる。
「でも、副作用は……」
十二番隊の薬は即効性が有り良く治るが、副作用が激しい。
俺はそう思って四番隊に行こうとしていたのに。
「そんなに酷くも無いだろうよ」
そう言って、阿近さんは俺が止める間も無く三粒程錠剤を口に放り込んでしまった。
「な、何飲んだんですか?」
「止血薬と細胞組織の蘇生薬」
クルクルと自分の身体に包帯を巻き、阿近さんは俺を手招きして呼んだ。
近付くと、ポンと頭に手を乗せられる。
「大丈夫だって言ってんだろうが。そんな顔すんなよ」
「でも……俺の所為じゃないですか」
俺がそう言うと、阿近さんは溜め息を吐いた。
「ったく……だからあんまり作業中に近付かねぇように言ってたのに……」
まさか棚にぶち当たるなんてな、と苦笑しながら言うのを聞いて、俺はハッとした。
今まで俺に冷たい言葉を言い続けていたのは、俺が危険な薬品に触れないようにする為で。
それをずっと俺は勘違いしていて。
「御免なさい……」
何て馬鹿なんだ、俺は。
阿近さんの顔が直視出来なくて、思わず俯く。
阿近さんは、未だ俺の事を好きでいてくれているだろうか。
こんな大怪我をさせてしまったのに。
「何謝ってんだ」
突然頭をパシッと叩かれる。
「っ……?」
俺は思わず顔を上げる。
「お前余計な事考えてんじゃねェだろうな?
俺がお前を守ったのは俺の意志で、お前を守りてぇと思ったから守ったんだぞ。
分かってんのか?」
あくまで淡々とそう話す阿近さんとは裏腹に、俺の顔は段々と赤くなってくる。
阿近さんはそんな俺を見てふと笑って。
「な、何笑ってんですかっ」
「やっぱお前、図体はデカくても中身は餓鬼だな」
歳の割りに大人っぽい阿近さんにそう言われると、俺は言い返せない。
「……阿近さんが老け過ぎなんじゃないですか?」
俺が唇を尖らせ苦し紛れに言うと、
「言うじゃねェか」
と阿近さんは口角を吊り上げてそう応えてくれた。
俺は段々と軽いものになっていく会話が心地良くて、思わず笑顔になった。
やっぱり、こういう雰囲気が好きだ。
「……落ち着いたみてぇだな」
「え?」
「此処に来た時は死にそーな面してたじゃねぇか」
「あぁ……」
気付いてたのか……。
と言うより、気付いていたのにあの仕打ちだったのか。
「流石は阿近さん、と言ったところですか……」
「あ?何がだよ」
「何でもありませーん」
俺がそう言うと、阿近さんに小突かれた。
少し痛かったけれど、今はその痛みすら嬉しくて。
俺が笑っているのを見て、阿近さんは妙な物を見る目付きで俺を見ていた。



後日。
「なァ、修兵。未だアイツと付き合ってんのかよ?」
「あぁ?」
又そう聞かれた。
「付き合ってるけど?」
それが何だ、という感じを語尾に表しながら答える。
すると相手は驚いた様に
「はぁ!?良くもつなー。あんな奴の何処が良いんだよ」
と言った。
俺はニッと笑ってこう言い切った。
「優しいとこだな」
「……はっ?」
「じゃーな」
呆然としている奴を放って、俺は既に歩き始めていた。
―十二番隊に向かって。
センスの悪いドアノブを掴んで、勢い良くドアを開けたら三つ編みの少女が立っていて。
「阿近さんなら奥にいるよっ」
悪戯っぽい笑みを俺に向ける。
俺はあぁ、と軽く答えて部屋の奥へ向かって駆け出した。
見慣れた背中を目指して。












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