SILVER SOUL

□長髪の優等生
1ページ/1ページ

桂ははっきり言って良く知らない奴だった。
同じクラスに居ても話した事なんて数回しかねぇし、それだって業務連絡の類だった。
そんな奴が突然、俺の目の前に立って言った。
「土方、放課後裏庭に来てくれないか」
「はっ?」



そんな訳で、俺は今裏庭に居る。
桂は未だ来ていない。
「ったく、何の用が有るってんだ」
と一人呟く。
放課後裏庭ってきたら考えられるシチュエーションは二つで。
リンチ若しくは告白。
前者はあんな真面目そうな面してる奴がする訳無いだろうし、後者も男同士だから無し。
そこまでで俺の思考が行き詰った。
と同時に話し掛けられる。
「よぉ、お前か?土方ってのは」
「あ?」
俺に話し掛けた男は包帯で片目を隠していた。
「そういうお前は誰なんだよ」
「高杉……って言えばもう分かるだろ?」
それを聞いて、俺は噂で知った事を思い出す。
高杉晋助、この学校一の不良生徒。
滅多に学校に来ないが、来たら来たで絶対に事件を起こす問題児。
関わりたくねぇ奴に会っちまった、と小さく舌打ちした。
「――で、その高杉が俺に何の用だよ」
「桂から伝言だ。学級日誌を書いているから少し遅れる、だと」
ニヤニヤとした笑いを湛えながら高杉が事も無げにそう言った。
「何……!?」
「あァ、驚いたか?俺と桂が知り合いなのが」
まるで、そういう顔をして欲しかったという様な言い草だった。
しかし信じられない。
学年も二つ下の、しかもこんな奴と桂に面識が有ろうとは――。
「ところでお前、桂に何の用で呼ばれてんだよ」
ふと高杉は真剣な顔付きになる。
「そんなもん、こっちが聞きてぇよ」
「あぁ?知らねェってか?」
俺の不貞腐れた言葉に、高杉は明らかに軽蔑したように言った。
「用件も聞かされねぇまま待たされてるたぁ、随分酷い扱い受けてんだな?」
「何だと……!?」
どれだけ自分が大層に扱われてるか知らねェが、俺が馬鹿にされる筋はねぇ。
そう文句を言おうとして、ふと気が付いた。
――何で桂の事で言い合いになってんだ?
「……兎に角俺は此処で待ってんだ」
用が終わったなら帰れと言外に漂わせて言ったと同時に、ぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「待たせたな、土方――あ、高杉」
「よぉ、ヅラ」
遅れてやって来た桂は高杉の姿を見付け、高杉も桂に片手を挙げて応える。
「ヅラじゃない、桂だ。お前、土方と知り合いだったのか?」
「いや、ただお前の伝言序でに話してただけだ。俺はもう帰るからよ」
高杉はそう言って体を翻した。
しかし、立ち尽くしていた俺の横を通り過ぎるかと思えばピタリと立ち止まり、
「桂は俺のだから手ェだすなよ」
「はっ……!?」
俺の耳に囁いて立ち去って行った。
俺が呆然としていると、何時の間にか桂が隣に来ていて。
「おい、桂……高杉とどういう関係なんだ?」
何故かそんな事を聞いていた。
「あぁ……弟みたいな奴なんだ、アイツは。手は掛かるがあれで結構可愛いんだ」
「弟ねぇ……」
高杉はそう思ってはいない様だが。
相変わらずの無表情で答える桂を横目で見ながら俺はそう呟いた。
「それで土方、用件の方なのだが」
「あ、あぁ……」
忘れかけていた主旨を思い出さされた。
桂がポケットから手紙を取り出し、俺に渡す。
「……っ!?」
赤いハートのシールが貼ってあるそれは、明らかにラブレター。
俺は慌てて桂に問い質す。
「おい、これ!?」
「見ての通りラブレターだが?」
「ラブレターだぁ!?」
思わず声が裏返る。
当たり前だが、今まで女には渡されても男から貰った事は無い。
それがこんな、話した事もあまり無い男に渡されるとは。
「何を変な顔をしている?そんなに珍しいか?」
爆発しそうな程混乱した俺の思考を、不思議そうな声が遮った。
「当たり前だ、男からこんな――」
そこまで言って、俺ははっと口を噤んだ。
――これじゃ相手を傷つけねぇか?
桂を見ると意外にも少し笑った様な顔をしていた。
そして口を開く。
「何を言っているんだ。俺は渡してくれと頼まれただけだ」
「……あ。成る程」
慌てて口を塞ぐが、時既に遅し。
思わず間抜けな声が漏れた。
それを見て桂がふ、と笑って。
俺はその笑顔に少しドキリとした。
「っ……用件はそれだけか?」
突然速くなり始めた鼓動を隠そうとして慌てて大きめの声で言う。
畜生、絶対ェあの高杉の所為だ。
アイツが変な事言うから――。
「あぁ、それだけだ。待たせてすまなかったな」
「いや……」
くるりと踵を反す桂を見て、俺は思わずその後姿にむかって叫んだ。
「おい、お前もう帰るつもりなのか?」
「!あ、あぁ……」
桂が驚いた様に振り向く。
そして俺は自分でも信じられない言葉を口にしていた。
「じゃあ……帰んねぇか?」
「帰るって……お前とか?」
桂の目が真ん丸になる。
当たり前だろう、今の今迄まともに話した事なんか無かったんだから。
「俺以外に誰がいんだよ……」
そう言いながら顔が赤くなるのが分かる。
――何言ってんだ、俺は……!
「分かった、鞄を取ってくる」
「……え……」
予想外の返答に呆然とする。
てっきり断られるか茶化されるかと――。
気付いた時には桂はもう校舎の方へ向かっていた。
歩く度に長い髪が揺れる姿をぼんやりと眺める。
「何だ……細ぇな、アイツ」
男の癖にやたら華奢だったり、女みたいな髪だったり。
はっと目に付く容姿だったのに、何故今迄殆ど話もしなかったんだろうか。
――勿体ねぇ、とか思ってしまう俺がいて。
「ヤベ……マジかよ、俺」
何故?……そんなの決まってる。
どうやら俺は、桂に惚れてしまったらしい。
『桂は俺のだから手ェ出すなよ』
ふと高杉の言葉が思い出される。
面倒な奴に惚れちまったな……と、溜息を吐いた。
まぁ、こういう時は相手がいた方が燃えるっていうし。
「いっちょ頑張るかァ……」
桂を待つべくその場に腰を下ろし、俺は小さくそう呟いた。












[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ