Nobel

□愛
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追いかけても追いかけても手には届かないものがある。その腕の中に抱かれてもこの腕のなかで抱き締めてもここにはない何かを、俺はずっと求めている。

例えばこう考えよう。どんなに近くにあるように見えても星や雲には手が届きはしない。しかしそれは理想の話だからだ。やろうとすれば触れられるのだ。俺が求めているのは形のあるものなんかじゃあなくて、手を伸ばせばするりとかわされ気付けば俺のずっとずっと先にいる。届きそうで届かないもどかしい距離間がずっと俺達を引き裂き続けているのだ。いつか神威は俺に言った。お前にはどんなことでも話せるよ。おいおい、そりゃないぜ。それがどんなに残酷なことか、この天使の面をした化け物は知る由もないだろう。それが俺をどんなに苦しめ縛り付け、しかもさらに恋い焦がれさせるなんて。全く以て信じがたい。ずっとそばにいたいんだ。抱き締めて、頭を撫でて、ずっとずっと俺の中で眠っていてほしい。恋人なんて大層なもんにならなくてもいい。俺はただ、お前のことが愛しいだけなんだよ。でも、そう思うことで神威がもっと離れていってしまうのなら、俺はその感情に嘘をつこうと思った。これ以上離れるのは御免だ。俺にはお前を抱き締める資格はない。なんで、あのときお前は俺を助けたんだ?こんなに苦しいのなら、あのときすべてが終わってしまえばよかったんだ。最終的にはすべてお前のせいにできたんだ。それが、なんでこんなことになっちまったのかね。

「阿伏兎、さっきからなに考えてるの?」

愛したい。神威のことを愛したい。ただ、それを口にしてしまうということは神威を傷つけるということなのだ。俺は知っている。神威は人を愛せないんじゃあなくて“愛さない”ようにしているんだ。いつか神威は言った。人を愛してしまうのが怖い。愛してしまったら殺してしまうかもしれない。そんなのは、嫌なんだ。大切にしたいんだ。だから俺は、阿伏兎のことなんて好きじゃないんだよ。駄目だよ、団長。お前は愛を知らなきゃならない。見て見ぬふりを演じる必要はないんだ。愛を知らない子供なんて、この世に存在してはいけない。だから最後に、俺が愛した人に愛を教えてあげよう。この命が尽きようと、この手で二度と神威を抱き締められまいと、神威の笑顔が見れなくなろうと、神威の声が聞こえなくなろうと、俺は、全身全霊を尽くして君を愛すよ。だから最後に、たったひとつのお願いを聞いてほしい。


「団長、俺を愛してはくれないか」


神威に愛され死に行くのなら、それが本望だ。

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