Nobel

□光
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心から愛したいと思った。

阿伏兎から贈られてくる言葉はどれも色鮮やかで、暗く荒んでしまったこの心に光を差してくれるようだった。今日ね、少しだけ辛いことがあったんだ。冗談めかしく笑って話しても、阿伏兎は笑いはしなかった。ただただ俺の目を覗き込んで、俺の中にある“本当”を探ろうとしていた。阿伏兎はいつだって俺のことを一番に考えてる。そんなのはとっくの昔から気付いていて、体を重ねているときも戦っているときもキスをしているときも寝ているときでさえ、俺はいつだって阿伏兎の愛に包まれていた。だからあのときの俺は安心しきっていたのかもしれない。ただ好きだと言われたかったのだ。好きだ、愛していると。人を愛すことのできなかった俺が初めて愛しいと思った男に、触れてほしかったのだ。“俺のこと、好きなの?”どうして後悔というものは、あとから期待を引きずり込んでいくのだろう。ああ、言わなければよかった。何故阿伏兎は俺の背中を蹴ったのだろうか。もう必要じゃなくなったから?“これで終いだ。”この言葉がすべてを決定付けているなんて頭では理解できても、心が追い付かなかった。涙なんてこれっぽっちもでない。泣ければ、少しは楽なのに。この世界はなんて無情なんだろう。


それから暫くはその部屋から出ることができなかった。体が動かなかったのだ。視界はぼんやりするのに頭だけはフル稼働で、食べ物なんて口にしたくないのに腹が減る。そのあべこべな現実にさらに腹が立った。頭を掻きむしっても手の甲に爪を立てても息を止めても首を絞めても頭の中では阿伏兎の言葉が永遠とリピートしていて、心配した部下が何度も部屋の前に来てご飯を置いていってくれていたのに気付く余裕すらなかった。阿伏兎に、会いたい。こんなにたくさんの部下が心配してきてくれたのに、阿伏兎は一度も来てくれなかった。こんなときでさえ、俺はわがままな理想を阿伏兎に押し付けようとしている。あのね、阿伏兎、俺寂しいよ。阿伏兎に会いたい。阿伏兎の声が聞きたい。阿伏兎に触れたい。ねぇ、阿伏兎、阿伏兎、阿伏兎、あぶと。

「…団長?」
「…っ、あ、ぶと…?」
唐突に、涙が溢れた。きっとそんなに日はたっていないのに、久しぶりに聞いた阿伏兎の声は以前と変わらず優しくて、それだけでほっとした。
「泣いてるのか?」
「…阿伏兎、あ、ぶと、っ…う、」
何かが途切れたように、心のぐるぐるとしたものが涙と一緒になって溢れた。寂しかったよ、辛かったよ、痛かったよ。好きなんだ、阿伏兎のことが好きなんだ。凄く辛いことがあったんだよ阿伏兎。また笑わないで、聞いてくれる?黙って抱き締めてほしい。髪の毛を撫でてほしい。ねぇ、阿伏兎。ドアの鍵を開けることなく、俺は阿伏兎に手を伸ばした。
「愛されたかった、だけなんだ…」
爆音がしたと思ったら、次の瞬間にはもう阿伏兎は俺の目の前にいた。廊下の光、眩しいよ。目が痛い。痛い。…痛いよ、阿伏兎。
「…そんなに泣くんじゃねぇよ、団長」
「そんなに抱き締めなくても、…いいよ」
もう、恋人でも部下でもなんだっていい。求めていた人は目の前にいるのに、酷くもどかしい。この思いをひとつひとつ言葉にする時間が勿体ないと思うほど、会えなかった時間を埋めるように抱き合った。苦しい。愛しくて、くるしい。
「好きなの、…っ、あぶとのことが、…好き…ごめん、ごめんね」
「…ああ、俺もだ」
その言葉が嘘だったとしても、今の俺には嬉しくて仕方がない。抱き締めるには
二本の腕じゃ足りないよ。思いを伝えるにはひとつの口じゃ足りないよ。声を聞くには二つの耳じゃ足りないよ。でも、阿伏兎を愛すのは、俺一人で十分だ。
「…来るの、遅いよ。阿伏兎」
「気付くのが遅かったんだよ」
そういうと阿伏兎は右手を俺の頬に当てた。

「俺も、神威のことが好きだ」



阿伏兎から贈られてくる言葉はどれも色鮮やかで、暗く荒んでしまったこの心に光を差してくれる。今日ね、少しだけ嬉しいことがあったんだ。聞いてくれる?阿伏兎。

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