Nobel

□愛し方も知らないで。
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神威はセックスという行為をただの性欲処理としか思っていなかった。最初出会った頃は、する度これはお前を愛している訳じゃなく、ただ性欲を満たすだけのものだと何度も言い聞かされた。うんざりしながら俺の上で腰を振る神威の目はどこか違う場所を見ていて、その目に俺が映ることは一生ないんだなと思っていた。そんな神威の様子が変わったのは先月の終わりくらいからだった。毎日のようにセックスをねだってきていた神威が急におとなしくなり、ただの性欲処理だとこじつけ俺の顔すら見なかった神威が、気付けば俺の方ばかり見ているようになった。それが少しくらいならよかったのだ。ただ、違う。神威は見るだけに留まらず、俺の私物や使ったものを持ち出すようになっていた。俺たちはいつも授業をサボっていたから、その日のその時間も勿論授業になんて出席していなかった。神威と距離を置くようになり俺の居場所は学校外か屋上になっており、その日ももう帰ろうと思い教室に鞄を取りに行ったのが最悪の始まりだった。
「…あぁ、阿伏兎。久しぶり」
神威は俺の机の前で何かをしているようだった。自意識過剰等では済まされない程の凝視が始まる前と何らかわりない神威の対応に苛立ちを覚えつつ、原因を聞くいい機会かと思い神威の近くに近寄ったとき、神威の手から何かがぱさりと落ちた。何、やってんだ?神威の手から落ちたのは長らくロッカーに放置していた俺の指定ジャージで、そのジャージには何か白濁とした液がべっとりとついていた。阿伏兎、ごめん。ぐしゃ、と整った顔が一気に崩れ、神威は嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちた。ごめん、ごめんね阿伏兎。俺、阿伏兎のこと好きみたい。身の毛もよだつ、とはこの事だろうと思った。こいつは、神威は、俺のことを好きで、だからずっと俺を見ていて、俺の私物をどこかへ持っていて、今、こうして俺のジャージを使って、オナニーをしていた。その事実をひとつひとつ辿る前に、俺は神威の腕を掴み起こしあげ口の中に性器を突っ込んだ。萎えてしまった自分の性器を無理矢理神威の口に押し込み、後頭部を掴んで律動を開始した。神威は何度もえずきながらそれで
も黙ってそれを受け入れ、涙を流しながら俺の性器を加えていた。完全に勃ち上がると今度は神威のスラックスを剥ぎ取りろくに慣らしもせずに奥まで入れた。普通だったら痛さで気を失ってしまうだろう。暫くセックスもしていなかったし、濡れてもいないのだ。でも、そこは驚くことに俺の性器をすんなりと受け入れた。それは神威の煩悩と情欲を物語っていて、俺が神威とセックスをしていない間コイツが何をしていたかなんてすぐに明確になった。呻きをあげるどころか甘い喘ぎを漏らし腰を振りカウパーを垂れ流している神威の姿に、吐き気がして喉を強く蹴りあげた。なんでだよ。なんで、こんな、やめてくれよ。何度も何度も蹴りあげて、神威はその場で吐瀉をした。こいつとセックスをしたかったわけじゃない。俺は、これですべてを終わりにしたかっただけなんだ。カウパーなのか涎なのか精液なのか涙なのか鼻水なのか吐瀉物なのかわからない液体でぐちょぐちょになった体をゆっくりとあげると、神威はこう呟いた。阿伏兎、セックスしようよ。


そこで俺の記憶は一旦途切れた。壊れてる。神威は絶対に、壊れてる。どうしてここまで俺に依存するのか、あんなことをされてもまだ笑っていられるのか、わからなかった。それから暫くは神威と会わないようにした。家からもできるだけ出ずに、必要なものも近くのコンビニで買い済ますようになった。正直、神威に会うのには抵抗があったがいつまでもこうしている訳にはいかないと思い久々に学校へ行くと、教室に神威の姿はなかった。どうせ今日もサボりだろう。ほっと胸を撫で下ろし席につく。もし今日神威が学校に来たら、これですべてを終わりにしよう。そう思っていた。しかしその日神威が学校に来ることはなく、次に神威の姿を見たのはそれから一ヶ月後のことだった。相変わらずの憎らしいポーカーフェイスや、整いすぎた顔立ちは何も変わらない。ただ変わったのは、俺の方を一度も見ないということだ。なんだ、神威も懲りたのか。ため息混じりに目線を教室のドアに戻す。今日はもう帰ろう。もう何も気にすることはない。久々に外に出たんだ。久しぶりに暴れようと思い、席を立った。
「待って阿伏兎」
ぞくりとした。オイオイ、なんだよ。逃がさないってか?この天使の面をした悪魔は。しかしこの恐怖はすぐになくなることになる。
「暴れにいくんでしょ?酷いな、俺を置いていくなんて」
そいつはいつもの何を考えているかわからない笑顔でこう言った。もともと読めない男ではあったが、あれで、すべてを水に流したことになったのだろうか。俺も神威が嫌いだったわけではないし、セックスをする仲だったのだから少なからず好意はあったのだ。ただその目は、神威の奇行が始まる前の、俺の目を見ているはずなのに見ているのはずっとずっと遠いところで、ただ言えるのはもう神威の目に俺は映っていないということだった。安心していた訳じゃない。それでもそれからは毎日以前のように暴れまわった。神威とこうしているのはやっぱりとても楽しいし、強い奴と言うのは見ていて楽しい。しばらくはまた神威と毎日を過ごして、完全に怒りが消えたわけではなかったがそれでも楽しく過ごした。だからこそ、目立ったのだ。神威はもともと大食いだ。いくらでも食える体質だ。それに加え体は丈夫だった。だったのに、俺とまたつるみ始めた日から、トイレで吐瀉を繰り返すようになり、そして昨日、あの呪いの言葉を吐いた。
「阿伏兎、セックスしようよ」
神威は懲りたわけでも、ましてや俺を諦めたわけてもなかった。ただ俺にしがみついて、神威はあの日のように嗚咽を漏らした。阿伏兎ごめん、やっぱり俺、阿伏兎のことが好きだよ。好きなんだ。忘れようとした。前みたいに、ただ楽しくやろうって思ってたんだよ。でも、もう無理だよ。俺、どうしたらいい?阿伏兎が幸せならなんでもいい。俺のことなんてどうでもいいから、最後に、阿伏兎のお願いなんでも聞いてあげる。


神威は俺の腕にしがみつき泣きじゃくった。神威は、決して強い訳じゃない。硝子より弱くて、泡のように繊細だ。振り払うのは容易なことだった。お前のことなんて知らないと、その場を逃げ出すことは簡単だった。ただ、もう一度この腕を振り払ったら、きっと神威は消えてしまうんじゃないかと思った。神威は、愛し方を知らない。セックスすることだけに愛を求めどうしたらいいかわからなくなってしまっているのだ。違うんだよ神威、セックスは性欲処理のためだけの行為ではないし、好きな奴のためにすべてを捧げるなんてこともしなくていい。神威、好きっていうのは、愛っていうのは、そんなふうに無理をしてまで感じていいものではないんだ。


抱き締めた神威の体は以前抱き締めたときよりも何倍も細く感じて、胸の中で泣きじゃくる神威のことをただただ抱き締め続けることしかできなかった。これが神威を傷つけることになったとしても、きっと俺は神威が泣いていたらまたこうしてしまうだろう。ああ、なんだ。


「…愛し方を知らないのは、」


俺も一緒じゃないか。

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