Nobel

□手向けの華
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ぼんやりと、視界が霞む。日差しの暖かさか、それとも、なんだろう。ぬくもりに溢れたそこから逃れることもできずに、俺は静かに涙を流す。
「ここは、どこだい」
無意識に問いかけた質問はあまりに気のない声と共に空気を揺らした。
「どこでもいいじゃねェか」
そして、日差しと共に降り注いだ声も、また、ふわふわと歪んでいた。

夜兎は日を嫌う。俺も日は嫌いだ。じりじりと焼けつくようなそれはどれだけ振り払ってもこの身から消えようとはせず、何にも囚われない、邪魔されたくないこの俺の道を、図々しく塞ぐように立ちはだかる。

「俺は今、日を浴びていて大丈夫なんだろうか」
「……大丈夫なんじゃないか」
「俺は今まで、なんで太陽を、避けなければいけなかったんだろうか」
「日の光が、嫌いだからだろ」
自問他答の会瀬のなかで、そのぬくもりは絶えることもせずにずっと俺のそばにいた。こんなに、心地がいいのに。俺は、なんで、日を嫌いにならなければいけないんだろう?


「目が、開かないんだ」
ぼろぼろと絶え間無く溢れ落ちるそれらを手で拭いきることもできずに、俺は笑う。今は、全部全部、幸せなはずなのに。おかしいな、そう笑うと、ソイツは息が漏れるような笑いを溢して、言った。
「何もおかしくなんかねェよ。それが、本来のお前なんだから」


「……はっ、……っ」
押し上げられるような感覚と共に意識が引き戻される。光が目の前を散り、飛び起きる。汗が頬を幾度となく流れ落ち、目に手をやると、そこからも絶え間無く涙が溢れていた。
「……なんで、お侍さんが、ここに?」
「知りゃしねェよ、んなこたァ」
ふと空を見上げると、夢の中で思い描いていたような雲ひとつない木漏れ日の空間は存在せず、ただただ重く重なった雨雲が静かに雨を降らせているだけだった。そして、もうひとつ。

「……お侍さんの腕、暖かいや」
俺に“本当”を教えてくれた日差しは、図々しくあぐらをかいて、俺を見下ろしていた。
でも、
「誰かさんの死に際を思い出すから、やめてほしいな」
「……しっかり覚えてんじゃねぇか」
崖を見やると、夜兎の天敵をいっぱいに受けるようなそんな位置に、師の墓がある。今日は、アイツの、鳳仙の、命日だった。


「あー、止まんない」
溢れる涙を振りきることもできずに、忘れたい人のことを忘れることもできずに、何にも囚われない邪気の塊のフリをして、俺は今日も、涙を流す。馬鹿みたいだな、そういう俺の頭を撫でて、日差しは、お侍さんは、言う。

「……そんなもんさ」
赤く腫れたお侍さんの目には、鳳仙ではない、誰か他の死に際が写っているように見えた。

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