宝箱

□願い
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織り姫と彦星がちゃんと会えますように――。
とても純粋なその願いを見たのは、今年が初めてだった。

『願い』

「見えないな―…」
暗い夜空を窓から見上げて、十代は呟いた。今日は7月7日。七夕の日だ。離ればなれになった織り姫と彦星が、唯一会える一年に一度の再会の日。レッド寮では寮の前に短冊を飾った笹の木が立てられている。しかしながら、十代が今いる場所は笹の木が飾ってあるレッド寮ではなく、アカデミアの最上部にあるオーナー室だった。その部屋のテラスには室内用サイズの笹の木が立てられていた。まだ短冊は付けられていない。
「うーん…やっぱり雨降るのかな…」
唸りながら首を捻ると、後ろから喉を鳴らして笑う声が聞こえた。
「そんなに気になるか?」
指の上に顎を乗せてイスの縁に肘をついたこの部屋の持ち主であり、アカデミアの経営者である海馬瀬人がこちらを楽しげに見ていた。その優雅な姿、表情に十代はしばし見惚れて、ハッとして首を振った。
「気になるっ!だって、雨が降ると織り姫と彦星会えないんだろ?気になるじゃん!!」
話の主語が抜けていると言うより、熱くなりすぎて十代自身言葉を適確にえらべていないようだ。拳を握って短い熱弁をした後、十代はふたたび窓の外に視線を移した。星一つ瞬いていない。単に雲がかかって見えないだけなのに、まるで星が光ることをやめたような寂しい景色だった。十代の瞳が自分から外されたことに気分を悪くした海馬は、そっけなく声をかける。
「…別に星が見えないからと言って会えないとも限らんだろう。そもそも七夕などというものは、人間が勝手に話を作ってくだらん風習を植え付けているだけだ。本当にあの星が織り姫と彦星なのか…」
そこまで言って、海馬は言葉を切った。というより、切らされた。十代が眉間に皺を寄せて睨んできたからだ。
「瀬人のバカ。リアリスト。夢なし」
「…ぐっ」
仮にも想い人にそこまで言われては、さすがの海馬もダメージを受ける。ダメージの余韻にこめかみをひくつかせる海馬を放置し、十代はテラスへ出た。
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