通常文
□匂い立つ音
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湿気を過分に含む空気が肌や家具をベタつかせる。
もう何日も降り止まない雨
もう何日も見ていない彼
縁側に立ち尽くしなかなかつかない煙草を諦めくわえたまま庭を見つめる。
軒からボタボタと音を立てて零れる雫に、規則正しく地を打つ雨粒。
そんなに距離はないはずなのにぼやけて霞む満開の紫陽花。
「梅雨、ですかね」
「!」
突然背後から聞こえた声に思わず肩を揺らしてしまい、振り向くや否やその声の主を睨みつけた。
「…山崎仕事しろ」
「してますよ失敬だな。最近は雨でミントンもできないし…」
うっかり失言した部下の頭を勢いよくひっぱたく。
「それより見回りどうします?この雨じゃ人通りもほとんどなさそうですし車で行きますか?」
「そうだな…」
どんより鉛色をした低くて狭い空をもう一度見上げ、大きな溜め息をついた。
車をゆっくり走らせるも案の定大通りは人も疎らで、ハンドルを握る山崎もしきりに欠伸をこぼしていた。
「オイ。気ィ入れて運転しろ」
「わかってますよ」
コイツ反抗期か?
ふるふる揺れるワイパーを見つめたままそう返す山崎を睨み、日頃の教育的指導の甘さを反省した。
「…あれェ?」
一通り見回りを終え屯所へと戻る道の途中、山崎が間抜けな声を出し窓の外を凝視した。
窓には水滴が無数に散らばり跳ねていくためうっすらとしか確認できなかったが、確かにその視線の先には見知った人影。
シャッターの下りた何かの店の軒先に佇む、近頃見ていなかった人物。
「…なにしてるんですかね」
車の速度を落としこちらを窺う山崎に一瞥をくれ、何事もなかったかのようにフロントガラスへ向き直った。
「俺が知るか」
煙を吐き出しそう言い放つと山崎も向き直り再びスピードを上げて彼の前を横切る。
気付いているのか。
サイドミラー越しに小さくなっていく彼を盗み見ながら俺は新しい煙草に火をつけた。
、