通常文
□犬の性分
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「オイ」
「ん?」
「胸から悲しい夢の名残が零れ落ちたぞ。『トッテモ上手デシタマタ来テネミカ』」
「ぅおあぁあぁあ!?」
頭の後ろで組んでいた手と窓枠に投げ出していた足を高速で振り上げ、その声が聞こえた方へと振り向いた。
その拍子にドスン、と間抜けな音を立てて椅子ごと床へとダイブし打ち付けた肩やら肘が痛い。
「ィってェ…!テメっどっからソレを!?」
胸元やらポケットやらごそごそ探すが、ないのは百も承知、目の前の彼の手に弄ばれているからだ。
「だから落ちてた」
「…」
何その顔。
ニヤニヤニヤニヤそれが天下の真選組鬼の副長のするカオか。まんまそこらのジャンボカットのガキ大将じゃねェか。
「ンだよそのカオ。一丁前に恥ずかしいのか?ん?」
「…うるせェ陰険侍。ソレ返せ。次ン時10パー割引になんだよ」
頭を掻きながらのそりと立ち上がると、ちょうど目線の先に彼の底意地悪そうな顔。鼻から煙草の煙を吐き出し憎らしいったらない。
「モテねェのもある意味罪だな。見てるほうが辛い。痛々しくて」
「テメェこそミイラ男の時は祓われそうになってたじゃねェか。モテるモテない以前に人間以下だよ。妖怪とかそーゆうアレだよ」
「うるせェ黙れ。テメェなんか大臓と一緒に妄想の中のハーレムランドで一生暮らしてろ」
「あァん?人ン家ずかずか上がり込んで喧嘩押し売りたァどんな悪徳商法だ?鼻フックでぶっ飛ばすぞ…」
白いスカーフごと隊服の胸倉を掴み上げようやく異変に気付く。
「…ンだよ」
ぴたりと止まった俺に彼も訝しげに眉を寄せた。
煙草の香りに微かに混じって。
「…最近のお侍さんはこんな匂い付けてんですか?」
顔ごと彼の首筋に鼻をすりよせボソリと耳元で呟いてやる。
「!…気の、せいだろ」
「いンやァ〜?この匂い間違いねェ。○ッチ限定発売夏の新作だ!」
「ゲホッ!ン、でそこまで…!」
「きのうミカちゃんに散々聞かされた。試供品付けすぎて店員に怒られたって。今流行ってンだってよ?」
肩に頭を預けたまま、ヤニ臭い隊服からほんのり香る何かの花の匂いを肺いっぱいに吸い込んだ。
一瞬、酸素の取り過ぎで軽い眩暈に襲われる。
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