通常文

□匂い立つ音
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「ほとんど外には出てないのに大分濡れましたね」

大きなタオルをこちらへ寄越し自分もガシガシ頭を拭く山崎に何も答えることなく、俺は玄関へと向かった。

「副長どちらへ…」

「ちょっと煙草買ってくる」

「え。ちょっ…」

うろたえる山崎を背に、俺は再びぐしょぐしょの靴を掃き大きな赤い傘を広げ雨の中へと踏み出していった。





馬鹿か俺は。

足元へと跳ね上がる泥を見つめ水分を含んで重くなった腕を恨めしげに睨んだ。

あの角を曲がれば確かに先程まで彼がいた店が右側にあるはずだ。

そして歩きながら思い出す。

「………よお」

かなり濡れて水滴を垂らす髪をかきあげ、こちらに気付いた彼はいつもと同じやる気のない顔で声を発した。

先程は霞んでよく見えなかったが、彼が雨宿りしていた店は俺がたまに行く煙草屋で今日は臨時休業日だったようだ。
俺ですらここに煙草屋があることをさっきまで忘れていた。

「…ナニしてんだテメーは。こんな日にこんな所で」

「イヤ散歩してたら急に降られちゃってさ」

「きのうの午後から降りっぱなしだ。もっとマシな嘘つけねェのか天パ」

軒先にいる彼に少し離れた通りの真ん中から呆れたように声を掛ける。

「…こっち入れば。濡れるだろ」

「………もう手遅れだ」

一歩踏み込むとごとにぐちゃりと気持ちの悪い音をさせて靴から水が染み出す。
この状態なので水溜まりも気にせずぱしゃりと泥水を撒き散らした。

言われるまま彼の隣へ入り静かに傘を閉じる。

「すげェ雨だな」

「…」

彼の世間話に相槌も打たずくわえた煙草に火をつけようとした。

「…ソレもう無理じゃね?」

雨音に混じってカチカチと鳴るライターに自分でイラつき舌打ちをする。

「今日は諦めろ」

「…コレがねェと調子でねェんだよ」

とりあえず湿気た煙草をくわえたまま隣のずぶ濡れの男を睨みつけた。

しかし、霞む景色に滲んで溶け込みそうな白い彼に思わずギョッとして息を呑んでしまった。


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