tennis,D

□中庭のあの子
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アイツはいつも中庭にいた。
放課後、それぞれが部活や家に向かう中、アイツは中庭に座り込んでいた。
呆然としている様に座り込んで、何か考える仕草をしている。
毎日だ。
学校のある月曜日から金曜日ならわかるが、アイツは土曜日も日曜日もそこにいた。

「またここにいたのか」

そう声を掛けるとアイツの目線は俺に移る。

「仁王くん…」

口から紡がれた小さな声は、注意しなければ聞き逃してしまいそうだった。
加えてアイツの口は何か言いたそうにパクパクと動く。

「ん」

アイツの前にしゃがみ込んで先を促す。

「私、どうしてここにいるのかな…?」

困惑したように視線を泳がせてから俯いた。

「それはお前が死んどるからじゃろ」

俺の言葉に「え?」と言って、アイツが俺を見た。

「しん、でる?」

「ん」

アイツは俯くと「死んでる、死んでる」と繰り返し呟いていた。

日差しが暑い。
俺の下には影が落ちている。
半袖のシャツがジットリと肌に貼り付く。
それなのにアイツは暑そうな素振りもせず、カーディガンを羽織ったままだった。
そしてアイツの下に影は落ちない。

「そっか、私、死んでるんだ…」

アイツは自分の両手をジッと見てから、俺を見た。

「仁王くん、あのね」

「なんじゃ?」

「私ね、屋上から飛んだの」

そう言って空を、屋上のフェンスを見た。

「飛んだ後のことはわかんないけど、たぶんここに落ちたんだと思う」

「その時に死んだ事を忘れたかもしれんのぅ」

初めてアイツとちゃんと目が合った気がした。

「でも、そのおかげで仁王くんに会えたよ」

初めてアイツが笑った。
その笑顔にキュンとしたのは内緒の話。

「何じゃ、面と向かって言われると照れるじゃろ」

楽しそうにアイツが笑う。
同時にアイツが自殺した意味がわからなくなった。
まあ、理由を聞こうとは思わんけど。

「私、もう大丈夫
仁王くん ありがとう」

そう言ってアイツは立ち上がった。

「どういたしまして
さて、そろそろ部活に行くかのぅ」

俺も立ち上がってテニスコートに向けて歩き出した。



「仁王くん、ここにいたんですか!
もう部活始まってますよ」

「プリッ」

振り向いた先にもうアイツの姿はなかった。


「俺はお前のこと忘れんぜよ」

「何か言いましたか、仁王くん」

「なーんも!」



(ありがとう、そしてさようなら)
アイツがどこかで笑った気がした――…

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