長編

□キミはまだ知らない
1ページ/1ページ



 放課後。体育会系の部活も活動をとっくに終えている頃。
 赤司が部室で明日のメニューを書いていると、汗だくの青峰が入ってきた。珍しいことに、残って自主練をしていたらしい。こちらをちらりと見て、「オマエいつもこんな遅くまで残ってんのか」と興味なさげに訊いてくる。

「ああ」

「家で書かねーの?」

「ここで書いた方が出来てる気がする。気がするだけだけど」

「じゃさっさと帰れよ」

「嫌だ。気がする、って結構大事なんだ」

 興味なさげな癖に話しかけてくる。赤司にとっては嬉しいことだが。
 あまり着替えている青峰を気にしないようにする。隠しているとはいえ女の赤司が、着替え中の男と同じ部屋にいるというのは、変な気分がした。あまつさえ青峰は、赤司の想い人だ。
 心を鋼にして赤面を抑える。
 青峰が着替え終えて、出ていくまでの辛抱だ――辛抱というには、鼓動の跳ね方は軽快すぎるが。


 そして青峰は、赤司にとって予想外の行動をする。


 着替え終えて、スポーツバッグを肩にかけ、赤司の真ん前に腰かけたのだ。

「…帰らないのか?」

「今日はオマエと帰る気分」

 意味が分からない。何の気まぐれだ。
 あっそ、とシンプルに返して、メニューを熟考する。そろそろ、もう少しハードにしても大丈夫だろう。

「話しかけたら、メニュー考えんのの邪魔になるか?」

「オマエと話すくらいで乱れるようなヤワな思考力は持っていない」

「かっわいくねー奴」

 別にいい。可愛くなくても。家族と一部の大人を除いた世間からすれば、自分は男なのだから。可愛い男、ってどうかと思う。
 だがしかし、邪魔にならない、と受け取れる返答をしたのは間違いだった。青峰は暇な待ち時間を会話で埋めてくる。

 そして赤司は青峰を知っていく。勉強では数学が一番苦手なこと。バスケの次に得意なスポーツが水泳だということ。嫌いな食べ物はなす田楽で、好きな食べ物は肉全般。
 そして赤司は知られていく。勉強は全て得意だけど、実は国語の小説問題の、登場人物の気持ちを答える問題が少し苦手なこと。苦手であってもいつも正解していること。好きな食べ物は湯豆腐。昔、湯豆腐しか食べなくて栄養不足になったこと。

「苦手でも全問正解とか、嫌みな奴だな」

「失礼な奴だな」

「湯豆腐以外食べ忘れて栄養不足とか、かわいーとこもあんじゃねえか」

「……うるさい奴だな」

 どうしよう。メニューをずっと書いていたくなってしまった。
 メニューを書き終えたら帰らないといけない。帰り道なんて、青峰と一緒ではあっという間だ。
 なるべくゆっくりシャーペンを動かす。一文字一文字をゆっくり、だけど丁寧には書いていない。丁寧を込める余裕はない。


 終わりは大抵のことには訪れるもので。メニュー作りはその“大抵”に入っていて。
 赤司は今、自分の鞄にメニューを仕舞っていた。鞄を肩に下げて立ち上がる。青峰もここで立ち上がった。


 その時である。


(………………あ)



 胸に巻いていたサラシが、



(取れた…)



 ほどけて腹辺りまで落ちた。


 どうしよう、とさすがに焦る。その焦りを顔に出すなんていう失態は犯さなかった。
 青峰が先に部室から出た瞬間に、ドアを閉めて鍵をかけて、サラシを巻くか。絶対訝しがられるが、鋏を突きつければ黙るだろう。
 赤司は歩かず、青峰が部室から出るのを待った。
 しかし赤司が動かないのに気付いたらしい青峰が、立ち止まって振り返る。



「赤司、どーした…………」



 大体胸の辺りを凝視される。視線の主は、巨乳好き――ひいては乳好きの青峰だ。



「……あれ、オマエ……」



 鋏を突きつければ黙るだろう。ブレザーのポケットに手を伸ばす。
 青峰は少し眉を寄せた。



「太った?」



 腹まで落ちたサラシが、胴を太く見せているのだろう。だからこその発言。それは理解できる。
 だが、



「オマエの目は飾りかァ…!?」



 許す許さないは別である。
 ブレザーに伸ばしていた手を引っ込めて足を振り上げる。柔軟を欠かさない赤司の体は柔らかい。爪先を青峰の頬に当てられるくらいには。


「ぶほぉっ」


 青峰を回し蹴りで倒して部室を飛び出す。走って走って校門を過ぎて、走って走って走って角を曲がって、走って走って走りを止める。
 ささやかな、一応Aはある自分の胸。俯いてそれを見て、泣けてくるし笑えてくる。


「はんっ……サラシを巻こうが巻かまいが、変わらないのか……」


 ならば明日からサラシは止めだ。わざわざ風呂上がりに巻くのも、終わりだ。
 サラシを巻かないとバレると思っていたが、自意識過剰だったようだ。

 肩を若干落としながら、赤司は歩く。


「取り敢えず…………青峰は明日、練習十倍だな……」



* * *



「明日…練習五倍にはされるか…」


 ヒリヒリを通り越してズキズキする頬を押さえる。床に打ち付けた頭も痛い。グーで殴られる覚悟はしていたが、回し蹴りされるとは思わなかった。
 立ち上がって外に出て、目立つ赤い頭がいないことに落胆する。
 それにしても、さっきの光景には驚くしかなかった。まさかあの赤司が。本人は隠しているようだったから気づいていないフリをして誤魔化したが。誤魔化した結果がこのザマだが。
 赤司はきっと、今頃、バレずに済んだと思って安堵しているだろう。が。



「オレのおっぱい愛舐めんなよ……ブレザー越しでも分かるっての」



 分かるに決まっている。あれは恐らくAだ。
 明日からは送ってやろう。対外的には男でも、心配になってきた。あまつさえ、本当に男だと思っていた今までも心配だったのだ。

 夜空を見上げて頭を掻く。



「オレ、ホモじゃなかったんだな…」



 明日訪れる疲労を、彼はまだ知らない。



END.



* * *
青→←赤♀、でした。赤司様が乙女なのは、本当に乙女だから仕方ない。ファンブックとか持ってないから、苦手なものとかは私の好み。赤司がサラシなしノーブラで学校来て青峰大焦り、な続きをできたら書きたい。
本命の紫赤を未だに書けていないとは何事。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ