長編

□幕を開ける会議
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 私立・帝光高校。帝光中学からエスカレータ式で入ることができる、バスケの強豪高校。そのバスケ部一軍が使う部室に、僕らは集まっていた。

 話がある、と僕が大真面目に言ったからだろうか。帝光高バスケ部一軍レギュラー――キセキの世代の面々は、どことなく戦々恐々とした顔で椅子に座っていた。
 敦がお菓子を食べていないというまさかの事態に、僕はそんなに固い顔をしているのかと不安になる。頬を軽く摘まんでみたらテツヤが声を上げた。

「あ、あああ、赤司君…!? 自傷行為なんか止めてください! ご乱心ですか!?」

「落ち着けテツヤ。顔の筋肉をほぐしただけだ」

 結局筋肉は凝り固まったままだと思うが。
 それはさておき、と声に出して前置きすると、皆が姿勢を正した。あの大輝までが、だ。また頬を摘まみたくなったが、話が進まなくなるのは目に見えているので止めた。
 ミーティングに使うホワイトボードに、涼太と僕を除いたキセキの世代の名前を書く。

「この中から一人、イケメンだと思う奴と女装が似合うと思う奴を選べ」

「おかしいですよ赤司君。なぜ、キミと黄瀬君の名前が書かれていないんですか?」

 テツヤが挙手して聞いてきた。挙手したことは褒められるが、僕は発言を許していない。まあ、コイツらに発言許可制をとっても、テツヤと真太郎しか守らないから気にするのはよそう。
 順を追って話すから、とテツヤの質問をかわす。

「来月に学園祭があるのは知ってるな?」

 一応確認の為聞いてみた。全員が頷いたので話を続ける。

「学園祭実行委員主催のミスターコンテスト――長いな。略してスタコンと、ミスコンというものがあってね。部活もしくはクラスの代表が任意で出場する。そこで優勝した部は部費増額。クラスは食券をもらえる」

 ここで一旦言葉を切るが、皆からの発言はない。続けることにする。

「これは僕と真太郎しか知らないことだと思うけど……バスケ部には金がない。人数が多い割りに、ね」

 割りに合わない予算の量には憤りを覚えるが仕方ない。もぎ取ればいいだけである。

「そこで、バスケ部からも出場者を出すことにした。誰を出せばいいか、投票で決める」

 その為のホワイトボードへの記入だ。それを示す為にボードを軽く拳で叩く。

「学園祭実行委員と昨年の優勝者は出場できない。涼太は昨年クラスの代表として出場し、優勝したから無理――まあ、スタコンに出られないだけだから、ミスコンには出られるけどね。…女装、男装して出るのは構わない」

「へえ、そーいうことか。…優勝? デルモ死ねっ」

 大輝が涼太にボールを投げた。真っ直ぐ飛んだボールは涼太の顔面とぶつかる。仮にもモデルなわけだが、大丈夫かアイツ。
 念の為聞いてみると、泣き笑いで「だいじょぶっス!」の返事。その後何故か、敦とテツヤと大輝と真太郎にボールを投げられていた。

「赤司君から心配してもらえるなんて、…………赤司君はどうして出ないんですか? コンテスト」

 テツヤが質問してきた。前半はよく聞こえなかったが、雰囲気からして質問とは関係ないことだろう。

「僕には一票も入らないだろ。書くだけ無駄だ」

「そんなことないのだよ」

 真太郎がラッキーアイテムのドリアン味うまい棒を敦から守りながら言った。最終的に奪われて、なんだか泣きそうになっている。敦からお菓子を守ろうなんて無理だろ。
 こういうこともあろうかと持ってきたドリアン味うまい棒を真太郎に渡す。右手をぐっ、と握られた。大げさな奴だ。
 真太郎を僕から引き離しながら、敦が「そーだよ、まんじょーいっちで赤ちんに決定だよ」と追従した。
 よく満場一致という言葉を知っていたな。褒める意味で頭を撫でたら、にへ、と微笑まれた。テツヤが敦をポカリと殴った。解せぬ。敦はノーダメージのようだった。

「赤司がミスコン出ればいいと思う」

「そうっスよ、赤司っち以外誰が出るんすか!」

 黒子だろ。身長的にも。
 満場一致で黒子に決定するかと思ったが、予想外の展開だ。
 当然ながら、僕は女装なんかしたくない。いや、テツヤもしたくないだろうけど、テツヤの嫌は恥ずかしいの嫌だ。僕の嫌は似合わないし恥ずかしいからの嫌で。
 彼らが何故僕を出したがるのか分からない。ウケでも狙うつもりだろうか。
 ……やっぱり、テツヤが出た方がいい。


「ボクが出ます」


 起立して、テツヤが言った。毅然とした、決闘間際の男みたいな表情を顔に滲ませている。
 まさか立候補者がいるとは。部室がシン、と静まり返った。
 恐る恐る、と言った風に口を開いたのは、大輝だった。

「……テツ…、女装の趣味が」

「イグナイトされたいんですか?」

 大輝の口が一瞬で閉じた。
 テツヤはとにかく、とホワイトボードを横目にする。

「ミスコンの出場者はボクで決まりです。次は、スタコンの出場者を決めたらどうですか」

 そうだった。驚きすぎて忘れていた。
 着席したテツヤに若干の賞賛を送りつつ、僕はマジックペンを手にとってみんなを見回した。

「じゃあ、スタコンに出したらいいと思う奴を言っていってくれ」

「赤ちんー」

「赤司で」

「赤司君で」

「赤司なのだよ」

「赤司っちがいいっス!」

「みんな……お世辞はいいんだよ?」

 自分が不細工でないことは知っているが。コンテストに出られるほど整った顔をしている、と自惚れはしない。
 みんな気を遣って僕を選んでくれたけど。どう考えても、敦や真太郎、大輝の方がいいに決まっている。
 涼太が立ち上がって、ホワイトボードに立て掛けてあるペンを掴み、ボードに書き出した。赤司征十郎。その真下に、正の字。


「まんじょういっち、で赤司っちに決まりっす!」


 涼太に殺意を覚えたのは久しぶりだ――しかし投票の方式を選んだのは僕で。覆すのは躊躇われた。

 ミスコンはテツヤ、スタコンは僕。

 これにて簡易会議は終了。
 みんな各々、帰り支度を始めた。だが、そんな中、テツヤは一人ケータイをいじっている。誰かにメールだろうか。

 ……と思っていたら、涼太、大輝、真太郎、敦のケータイが一斉に鳴り出した。キセキに一斉送信で僕だけ除外――まったくもって、寂しいことだ。



* * *



 帝光高の学園祭は、主に部活・クラスの出し物により成り立つ。クラスは強制的に出し物をさせられる――しかし部活動の方は、忙しいなら無理に出さなくてもよい。
 部活の出し物は主に来年度の新入生勧誘目的で出される。なので大抵の部は忙しくても出すが――我らがバスケ部は、部員数は多いし、強豪高のバスケ部だから来年度も新入部員は来る。つまり、忙しいが出す必要がない。
 必要があるのは、


「テツヤには何を着せようか」

「うちの女生徒の制服でいいと思います」

「そうか。ならそうしよう」


 ミスコン・スタコン対策である。
 自前の衣装を着てステージに立ち、アピールをして舞台袖に引っ込む。今、テツヤの衣装が決まった。即決すぎたが。
 制服のアテはあるのかと聞くと、「クラスの子に借ります」と返された。

「さてじゃあ、次は僕が着る服だが――」

「メイド服」

「ナース服っス!」

「軍服がいいのだよ」

「着物がいいなー」

「天使でお願いします」

「……女物とコスプレばかりじゃないか。スタコンだぞ?」

 そして、真太郎の趣味が濃い気がする。
 唯一まともなのは、敦の言った着物――


「色は赤でね、ふりそでがいいなあ」


 ――女物だった。
 こいつら真面目に考える気がないのだろうか。ふざけているにも程がある。

「お前らが自分で着ればいいだろう…」

「青峰君のメイド姿なんか気持ち悪いだけでしょう」

「おいテツ」

「……確かに」

「おい赤司! なんで瞳孔かっぴらいてまで驚いてんだよ!」

「開いていたか? まあいい。……みんな。そろそろふざけるのを止めろ」

 ビシッ、と皆が姿勢を正した。久しぶりの感覚だ。そしてしっくりくる。

「真面目にやれ。部費がかかっている」

 コクコクとした無言の頷きが返ってきた。皆やはり従順だ。
 僕は一応、先程出た五つの意見を思い出してみた。
 メイド服は論外。ナース服も論外。軍服はコスプレっぽいし却下。着物…女物は却下。天使、却下。
 今度こそ真面目な顔で話し合っている皆には悪いけど、いっそ制服で出ようか。テツヤもそうするというのだし。
 とすると次はアピール内容だ。

「テツヤは何をアピールするつもりなんだ?」

「まだキミの衣装が決まってないですよ?」

「僕は制服で出る」

「え」

 え、と言ったのはテツヤだけではなかったが、…まあいい。話を進める。こうしている内にも時間は過ぎていくのだから。
 僕が話を進める気でいっぱいなのが伝わったのだろうか。全員反対せずに口を閉じた。そんな中、テツヤだけが開く。

「ボクは歌います」

「…ああ、それがいいね」

 たまに行くカラオケで、テツヤはいつも高得点を叩き出す。この僕すら越えているというのは悔しいが、その歌唱力は強みだ。俗な表現になってしまうが、まさに耳を犯されるといった感じの声なのだ。
 またしてもテツヤに関した決定は早々に着いた。次は僕の番だ。

「ステージは体育館ですが…観客がいるコートは使えないからバスケは無理、ですね」

「将棋は何をしているかよく分からんから、やめた方がいいのだよ」

「赤司っちも歌ったらどうっスか? 赤司っちだってメッチャ上手いッスよ!」

 テツヤと真太郎に頷き、涼太には首を振る。同じアピールではそこまで目立てない。しかも僕並みの歌い手は他にもいる。合唱部代表に出られでもしたら、勝てるかどうかは微妙なところだ。
 一番の特技以外は、高水準にできるが、ずば抜けてできるわけではない。そんな僕の考えは、天才的すぎるほどに出来るバスケと比較して成り立っているから、一番以外も天才的にできているという事実を知らない。知らないが実際、その道一筋の人には劣るだろう。

 目立って、人の心を惹くような何か。何かないだろうか。

「赤ちん、楽器はー?」

「あ、踊りとかどうだ?」

「なぜ音楽関係にしぼるんだ。…………」

「どしたのー?」

 ――あった。人の心を惹けるだろう、きっと誰とも被らないアピールが。
 敦と大輝を交互に見る。見られた二人はわけが分からなそうな顔をして首を傾げた。


「制服はやめた。和服を着る」


 瞬間立ち上がる皆。そんなに驚くことか? 確かに、一度却下したことではあるが。
 もしかしてまだ、ネタとしての女装を期待しているのだろうか。女物は着ないと釘を刺すと、僕の予想は正しかったらしく、皆少し萎れた様子を見せた。






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