長編

□いつか知らせる僕の秘密
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これの続き




 回し蹴りを食らった翌日だから、というわけでもないだろうが、青峰は朝練に遅刻していた。彼の遅刻は珍しくはない。

「メニュー三倍ですか?」

「いや、十三倍だ」

 想像しただけで恐ろしくなったのだろう。黒子が顔を真っ青にして固まった。彼の隣で、黄瀬が「キャプテンがついにキレた!」と青ざめて震えていた。自分は平常心を持ったままだが。黄瀬の隣の緑間は「ご愁傷様なのだよ」と棒読みし、緑間の隣の紫原は「赤ちん調子悪いの〜?」となぜかこちらの心配をしてきた。
 そんな彼らを丁重にあしらってから、赤司は己の胸元を盗み見た。バレていない。つまりやはり、サラシは意味をなしていなかったというわけだ。
 体育館の隅でドリンクを用意する桃井を見てみる。羨ましい。あの大きさになったら隠しきれないだろうが、それでも。


「ワリ。遅れ、た…………」


 バタン、と大きな音を立てて扉が開き、青峰が現れた。赤司を除く全員の同情の目線が彼に集まる。が、本人はそれに気付いていない様子で赤司を見つめている。妙に強ばった顔で。
 訳が分からないがメニュー十三倍を伝えようと、赤司は口を開けた。が、メニューのメの字を言う前に、扉が閉まった。向こう側に青峰を置いて。
 遠ざかっていく走る足音。人の顔を見て逃げるとはいい度胸である。


「……十五倍だな……」


 黄瀬が身震いした。



* * *



 もしかしたら試合で走るより速い速度で、青峰は走った。自分の教室に入って、自分の席について息を吐く。
 青峰には分からなかった。どうして赤司がサラシを巻いていないのか。小さいながら胸が「ある」と分かってしまう。
 きっと、気付いたのは自分だけなのだろう。確かに赤司の胸は、気付かないくらい小さいから。
 けれど赤司がユニフォーム姿で屈んだ時、横に誰かがいたら。横乳を見たら、いくら赤司が貧乳でも気付いていてしまう。

「ったくなんなんだいきなり……オレ昨日何かしたか…?」

 考えられるとしたら昨日だ。回し蹴りをされたのだし。
 分からない。考えても考えても分からない。
 分かるのは、こうしている今も、赤司が女だとバレる可能性が低くないということだ。
 近くで見ていないと落ち着かない。青峰は重い腰を上げて、体育館へ向かった。



* * *



 音を立てないように扉を開けた青峰は、扉をの隙間から赤色を探した。三秒も立たないうちに発見する。体育館のほぼ真ん中。床に落ちたボールを取ろうと屈んでいて、重力に従い下にしなだれているユニフォームの間から、小ぶりの胸が――


「あーっ、ああああ赤司っ!」


 体育館にいた全員が青峰を向いた。青峰はそれに構わず赤司に駆け寄り、その細い二の腕を掴んだ。
 十五倍、と言いかける赤司の言葉を「ちょっと来い」で遮る。黄瀬が尊敬と同情のの眼差しで青峰を見上げていたが、目に入らない。

 見えてない。大事なところは見えなかった。だからセーフ。

 自分に言い聞かせつつ、走って体育館を出る。校舎に入って自分の教室(赤司とは別の教室)に入って、自分の席まで行く。鞄からジャージを引っ張り出して赤司に羽織らせ、やっと一息。

「ぐ、けほっ、ぜ…は、…なんの、つもりだ、っはあ…っ」

 息を上げた赤司に咳き込みつつ聞かれて罪悪感が湧く。自分の全速力で走ってきてしまった。体育館から、校舎の三階まで。
 苦しげで真っ赤な顔の赤司は何だか綺麗でドキドキした。


「…練習、二十倍」


 別の意味でドキドキした。

 このままだと自分は、昨日(無自覚にとはいえ)赤司に練習十倍を言わせる程の何かをやらかし、更に今日、遅刻してプラス三倍、逃走してプラス二倍、連れ出してプラス五倍の刑に処されるだけの奴になる。
 どうごまかそう。そしてどうサラシを復活させよう。
 取り敢えず、何したのか分からないが、昨日のことを謝る。

「……昨日は悪かった」

「太った、と言ったことを、か?」

 …それで怒ってたのか。


 そういえば、女子に太っただなんだ言ってはいけない、とさつきに言われていた気がする。昨日は誤魔化すのに必死で、そこまで考えが至らなかった。
 ギロリと見上げてくる赤司が怖いが、懸命に頷く。

「オレの見間違いだったわ。ほっせーまんまだオマエ」

 赤司の空気が弛んだ。ホッとすると同時に、青峰はゾッとした。細いと言われて喜ぶのは女だ。男はそんなこと言われたら嫌がる。
 赤司が女だというヒントは、割りと転がっているようだ。ちゃんと見れば、男にしては華奢すぎるし。ふとした拍子にバレてしまうかもしれない。
 その時赤司はどうなってしまうのか。考えると、怖かった。自分が傍にいて、秘密でいさせる手助けをしたい。


「…青峰?」


 目を覗きこまれて我に返る。頬に熱が集まらないようにするのが大変だった。赤司が男だと思っていた頃から、彼女には鼓動を速くさせられっぱなしだ。

 赤司から目を逸らして何でもない、と言い、次自分が言う言葉を考える。「太った」の件は多分解決したから、次は、どうやって赤司にサラシを巻かせるか、だ。
 赤司に、やっぱりサラシが必要だと思わせればいい。彼女がどうしてサラシを外したのか全く分からないが、そうすればサラシは再び彼女の胸を覆うだろう。

「結局オマエ、どうしてオレをここまで連れてきたんだ?」

「……寒そうだったから…」

「それでこのジャージ?」

「まぁ……なあ、赤司」

「なんだ」

「胸周り、太った?」

 一か八かの賭けである。失敗だったなら、赤司はまたも太ったと言われたことに激怒するだろう。成功だったなら、


「……そうか?」


 次の段階へ。…胸に気付かれないか危惧しながら、気付かれそうなことを喜んでいるらしい表情が、微笑ましい。

「そーそー。なんか、昨日見るより太い」

 確かめてみっか、と青峰はできるだけゆっくりと赤司の胸に手を伸ばす。そのまま手に膨らみを収めたい衝動を押さえつける。
 バッ、と赤司が青峰の手を弾いた。弾いた赤司は「しまった」といった表情だが、青峰としては万々歳の結果だ。
 赤司が気まずげな顔のまま踵を返す。


「…戻るぞ。練習は、十倍だ」

「へいへい」

 多分これで大丈夫。サラシなしではバレるかもしれない、と赤司は思ってくれたはず。遅くても明日から、赤司はサラシを巻いてきてくれる。
 今は今日から始める日課である「赤司を送ること」を楽しみにすることにして、青峰は赤司の後を付いていった。



END.



* * *
明日からはちゃんとサラシを巻いてくる赤司ちゃん。青峰おめでとう。なんだか青峰が妙に紳士で妙に鋭くて妙に鈍感になりました。
まだ両片想いです二人とも。


 

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