長編

□コールは前触れなく
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 二日に渡る学園祭も、終わりに近付いていた。この二日の為に学校全体で一週間前から用意をしていたのに、もう終わりとは――残念なような、やり遂げたような、あまり似ていない二つの感情が胸の中で両立している。

「赤ちんと黒ちん、やっぱし優勝したねー」

「ああ。僕も優勝できるとは、運がよかった」

「んなことねーし。二人が優勝するにきまってたもん」

 見てて全然ハラハラしなかった、と敦は言った。買い被りすぎだが……嫌ではない、な。
 思い返してみれば、優勝者に僕とテツナの名前が呼ばれた時、キセキの面々は喜びこそすれ驚いてはいなかった。


 コンテスト後、テツナから戻ったテツヤや涼太達は、クラスの人に呼ばれてどこかへ行ってしまった。お呼びのかからなかった僕と敦は、校舎内を回って出し物を楽しんでいる。食べ物屋では食べ物を満喫したし、お化け屋敷では何故かお化け役の人を怖がらせてしまった。
 クレープ店から出て、どこへ行こうか相談する。行きたい場所はもうない。
 廊下の隅っこで二人で悩んでいると、あの、と控えめに声をかけられた。声のした右の方を見ると、うちの制服を着た知らない女子が二人立っていた。上靴の色からするに、一年生だ。
 なんだい、と敦との話を中断して答えると、二人はモジモジと俯いた。

「赤司先輩、優勝おめでとうございます」

「? …ああ、ありがとう」

「握手してもらっていいですか?」

「構わないよ」

 したがる意味が分からないが、二人と握手をする。もう手洗わない、との声がした。汚いからそれはやめた方がいいと思う。
 写真も撮っていいですか、と訊かれたので、悪用しないなら、と答えた。一人が敦にカメラを渡し、「お願いしていいですか?」と訊いた。カメラを渡された敦はすごく不機嫌そうだ。クレープを食べるのを邪魔されたからだろうか。

「敦。頼めるか?」

「…………んー」

 渋々感満載だったが頷きが返ってきた。ホッとした顔の女子二人が、僕を間に挟んで立つ。はいちーず、と抑揚のない声がしたあと、フラッシュが焚かれた。
 ありがとうございます、と二人が離れ、その内の一人が敦からカメラを受けとる。二人はもう一度お礼を言って、小走りに去っていった。

「やっぱり、こういう格好は珍しいのかな」

 未だ着ている和服を摘まむ。右手には模造刀を入れた包み。
 熊本城には侍の格好をした人が数人いて、頼めば一緒に写真を撮ってくれるらしい。それと同じノリで、さっきの二人は僕に写真を頼んだのだろう。
 敦がクレープの最後の一口を飲み込んだ。

「赤ちんのどんかーん」

「は?」

「もうオレ心配」

 なにがだ。

 さっきの二人に触発されてか、人がわらわら集まって写真やら握手やらサインやらを頼んできた。他校生らしき人や先輩や後輩や同級生、大人や子供など、たくさん。サインは恥ずかしいので断った。

「みんな『記念』が好きだな…」

 全ての希望を叶え、学園祭終了間際というのもあって人もまばらになった廊下に呟く。疲れた。いつもこんなことをしているのか涼太は。すごいな。


「赤ちん、やっぱどんかん」


 オレホントしんぱい、と、敦は十数分前と似た意味の言葉を吐いた。幼子に案じられる気分だ。
 機嫌を直してもらおうと、ポケットに手を突っ込む。ポケットにはハンカチとポケットティッシュとケータイの他に、敦用の飴やガムを入れてある。
 飴の包み紙の感触をつまみ上げる時、ヴヴヴ…とケータイが震えた。震えはすぐ収まる。とすると、メールか。
 飴を敦の前にちらつかせる。犬のお手を待つ飼い主のように、敦は右の手の平を上に向けた。飴(ブドウ味)を手の平に落としてやる。わあいとご機嫌な敦が微笑ましい。
 メールを確認しようと、ケータイを取り出して受信メールをチェックする。


「…敦、先に行っていてくれ」

「赤ちん?」

「用事ができた」


 むぅ、と飴玉が入った口が尖る。お留守番を寂しがる子供みたいだ。なんて愛しい。


 敦も、真太郎も、大輝も、テツヤも、さつきも、涼太も。

 僕の光。僕の影。

 なんにも知らずに歩けばいい。
 前で先導する僕を見て、隣を歩く仲間を見ていればいい。後ろで僕がどうなっているかなんて、見なくていい。
 無知なまま無邪気なまま、無垢に。



 さて。
 先導からしんがりに意識を移そうか。






コール
   は
    前触れなく







 

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