長編

□菫を撫でて夜空を見上げる
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「一緒に帰ろう、敦」


 いつも最後まで残って部室の鍵を閉める赤ちんは、練習がおわってすぐ、そう言った。おかしを食べながらだらだら着替えるオレと違ってささっと着替える赤ちんは、すでに制服。
 鍵は真太郎に任せたから、と言う赤ちんの言葉に、なんとなくミドチンを見る。猫耳カチューシャを左手に、メガネの位置を直している――べつにずれてなかったけど。
 峰ちんと黄瀬ちんと黒ちんは、居残り練習をさせられていた。なにかしたっけ、あの三人。桃ちんはそんなみんなに付き合うみたいだった。

 だから、帰るのはオレと赤ちんの二人だけ。やったね。ぐさぐさ刺してくる視線なんて気になんない。

 お菓子を買いにいきたいな。ねだってみる。今日の赤ちんはいつも以上にオレに優しいから、うなずいてくれるかも。赤ちんは「折角だから食べて行かないか?」なんて言って、オレの予想をとっても裏切った。
 オススメのケーキ屋さんに入って、オレのオススメを勧める。イチゴとミカンがメインのフルーツショートケーキ。赤ちんはソレを頼んでくれた。
 届いたソレは一口、小さい口に入っていった。ずっと小さく笑っていた赤ちんの笑顔が大きくなる。

「……美味しい。さすが、敦のお勧めだ」

「でしょー? 赤ちん好きそうだな、ってずっと思ってたの」

「そうか。ずっと、か……もっと皆と寄り道しておけば良かったかもな」

「これからすればいいよ?」

 それもそうだね、と赤ちんは笑った。あっというまにケーキを食べおえる。
 きっと赤ちんは、これからはいっぱい寄り道してくれるに違いない。いっぱい赤ちんが好きそうなケーキを探して、いっぱい赤ちんの笑った顔が見たいなあ。
 休み気分が抜けきらないからか、月曜日は憂鬱。だけど放課後にこんな時間がある、って朝から知ってたら、ウキウキだったのにな。

 赤ちんの手は、四つ目のケーキを食べ終わったときに止まった。赤ちんは、黒ちんほどじゃあないけど、あんまり食べないから。オレはもう六つ目だけど、まだまだ食べられる。

「敦。食べながらでいいから聞いてくれるかい?」

「うん」

「陽泉――秋田での暮らしは、どうだった?」

 思わず、フォークを口にいれたまま固まってしまった。チョコ味の生クリームがとろけていく。唾液とからまった。小粒の冷えたイチゴが、あったまっていく。
 陽泉、秋田。そこに行け、って言われたときは、赤ちんと離れなきゃいけないことにゼツボウしてた。してた通り、赤ちんのいない世界はつまらなかった。
 でも、室ちんとか、陽泉のみんなでいるのも楽しいな、って、最後のほうは思うようになってた。
 …あれ、オレ、赤ちんがいなくても平気になってたのかな。

 話すと、赤ちんは、笑ったままうなずいた。あれ、お店の光を反射するフォークがまぶしい。

「中学時代、お前は盲目的だった。世界の中心は赤司征十郎なのだという誤解を信じていたんだ、狂信的に」

 お前は思い込みが激しく強いから、と赤ちんはおかしそうに。唇の両端を、くい、と上げた。

「だから、ほら。去年僕と離れて暮らしたら、僕がいない寂しさにも慣れていっただろう? 思い込みが、解けたんだ」

 赤ちんがいなくても、オレは。お菓子を食べて、バスケして、笑ってた。赤ちんと離れたばかりの頃のオレは、お菓子を食べて、バスケしてた。それだけだった。
 つまり、は、そういうことなの?

 オレは、むずかしく考えるのは苦手。なんとなく、ですませるから、赤ちんが今言っているむずかしい言葉も、なんとなくで理解している。
 オレって赤ちんが好きだけど、赤ちんがいなきゃ生きていけないのは勘違いだったのか。
 モヤモヤするけど、すとんと納得した。むじゅん、って言うんだこーゆーの。


「さあ、そろそろ帰ろうか」


 さいごに、銀色のフォークが、電灯の光を白く跳ね返した。



* * *



「1on1をしよう、大輝」


 テツは久しぶりに誠凛の連中と会うのだ、とさっさと帰った。黄瀬はモデルの仕事(数日前から決まっていたらしい)がある、と帰った。緑間はラッキーアイテムの調達をしに行くのだ、とどこかへ行った。紫原は、赤司が帰るよう言ったら帰った。

 そして、体育館にはオレと赤司の二人だけ。たった今1on1に誘われた。
 珍しいこともあるものだ。赤司がオレを誘うなんて。赤司の相手は大体紫原で、しばしば緑間だ。もしかしたら、オレが相手をするのは初めてかもしれない――いや、それはないか。でも高校に入ってからは、初めてだ。


「いいぜ」


 断る理由はなかった。あの赤司との1on1だ。胸が踊らないわけがない。
 先攻はオレになった。先攻後攻なんて、オレと赤司の間じゃある意味なくてもいいものだ。けど先攻後攻がないなんていうのはあり得ない。

 ぐらり、と重心が崩れかける。あ、と思った時、オレの手からボールは消えていた。ぼす、と背後でシュートが決まった音。一瞬して、だむ、とボールと床の激突音。
 赤司が傲岸不遜に、不適に笑った。敵キャラにぴったりな笑顔だ。去年みたいな。

「久しぶりだからといって気を抜きすぎだ」

「…様子見てただけだっつーの」

 言い訳じみた返しをすると、ボールを拾うよう促された。
 こっちの動きを先読みしてくる上、立っていることさえ許さない赤司相手の1on1は、オレに分が悪い。

 だからこそ燃える。

 とりあえずは、身長差をいかして高いところからシュートするかな。怒られそうだけど。





 結果は、どうなったのだろう。赤司が勝った気もするし、同点で終わった気もするし。途中から数えていなかった。とにかく、気持ちいい程度に疲れた。赤司の方は結構息が上がっている。

「にしてもお前、どうしたんだ? 急にオレと1on1とか」

「…最近大輝としてなかったと思って、ね」

「シてなかったって、お前…」

「……何を勘違いしているのかな?」

 笑ってない目で赤司がオレを見る。口元だけが緩んでいて怖い。どういう意味か分かっていないくせに怒るとか、なんなの。
 ふう、と赤司が寝転んだ。仰向けに、大の字に。「……きもちいい」――あーはい床の冷たさがですよね。アッチ方面を思わせる発言をしないでほしい。
 さっきまでボールに触れていた手が床を叩く。そこに、来るか座るか寝転ぶかしろ、と。オレは三つの選択肢の内、座るを選んだ。

「楽しかったよ、お前との1on1」

「ああ、またやろーぜ」

「できたらな」

 できるだろ。つまり、オーケーをもらえたのか。
 バスケが好きかい? と唐突に訊かれた。昔――一、二年前ならまだしも、今じゃあ答えは決まってる。

「ったりめーだろ」

「だろうな。じゃあ、チームメイトは?」

「は? ……ふつう」

「あははっ、分かりにくいツンデレだな大輝は」

「……オレは緑間じゃねーぞ」

 なのだよおは朝星人と一緒にされるのは嫌だ。複雑すぎる。
 何がつぼったのか、赤司はしばらく笑っていた。コイツは最近よく笑う。最近、といっても今週の学校が始まってからだから、まだ二日目だけど。
 同い年の赤司に色々と背負わせていた中学時代には見なかった笑みは、オレ達キセキを嬉しくも切なくもさせる。今からでも、あの頃したくてもできなかったことを、赤司にさせたい。


「僕も、お前達が大好きだ」


 柄にもないような、あるようなことを言って、赤司はまた笑った。オレが「ふつう」に隠した意味は、あっけなく見つかっているようだった。






を撫でて夜空を見上げる





 

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