長編

□面影が消えない
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 GW中も部活はある。
 ボールが体育館の木の床を跳ねる。バッシュが体育館の木の床を蹴る。現在、ミニゲーム中。ボクと青峰君と先輩三人のチームと、黄瀬君と緑間君と紫原君と先輩二人のチーム。今のところはボクらが勝っている。青峰君がいるから、というのもあるけどやっぱり、紫原君がまるで動かないのが大きな原因だ。
 GW前の出来事に誰がどのくらい衝撃を受けたかは比べようがない。ただ、その衝撃が一番態度に影響しているのが誰かと言うと、それは紛れもなく、紫原君だ。赤司君を誰より盲信、狂信していた紫原君。


「ったく、真面目にやれよなー」


 新しい主将がゲーム終了を告げた瞬間、青峰君が紫原君に言った。紫原君は生返事でお菓子を食べ始める。食べかすがポロポロ床に落ちる。けれど注意する人はいない。しても意味がないからだ。彼が言うことを聞く唯一は、ここにはいない。それでも一応注意すると、案の定聞き流された。
 主将の入れ替わり――赤司君の転校に、部員は全員驚いたけれど、五日経った今はもう、多少変わった環境に慣れだしている。一番慣れていないのはボクらだ。


「あー、何か気色悪いっス! 何かこう、嫌な感じに疲れたっていうか…」

「……確かに、な。つまらない練習になったのだよ」

「女子がキャーキャーうっさくて集中できねーし」

「すんませんっス……」


 体育館の隅できゃあきゃあと騒ぐ女子達を横目に四人で溜め息を吐く。黄瀬君目当ての彼女らはとにかくうるさい。かしましい。集中できない。主将は、彼女らの非難をはね除けて注意するべきだ。もしくは彼女らに非難すら起こさせずに退場させるべきだ――赤司君がしていたように。

 いつもいつも同じような練習ばかりでつまらない。ボクはまだ大丈夫だけれど、青峰君や紫原君、黄瀬君なんかはもう飽きているだろう。基礎練なんて、中学時代に散々やった。基礎が完璧とは言わないけれど、もっと応用も混ぜるべきだ。臨機応変に、赤司君がしていたように。

 ちょっとでもなく、かといって凄くでもない程度に頑張ればこなせる厳しさのメニュー。まだ出来るけど動くのが嫌な程度に疲れる。もう出来ないくらいに厳しいメニューを作るべきだ。赤司君が、していたように。


 傲慢だろうか。彼のように、を求めるのは。人間離れした彼を要求するのは。理解できていたと、信頼しあえていたと思っていたのに、実はこれっぼっちも理解できていなくて、しかもボクらを弄んでいた彼――それは主将への不満に関係ないか。


「文句を言ってますけど、じゃあボクらが主将をやったとして、今の主将以上に出来る気はしませんね…」

「当たり前なのだよ。オレ達は人を束ねるのは向いていない」

「オレらの誰かが主将になったら、ぜってー半分が三日以内に退部するぜ」

「赤司だけだったんスよ、オレらを纏められるのは」


 赤司君に「っち」を付けない黄瀬君は、もう彼を尊敬しないのだろうか。多分、しないのではなく出来ないのだ。したいけれど出来ないのだ。
 ボクらを纏められるのは赤司君だけ。きっとそうだろう。他に可能性があるとしたら、ボクらが中学一年の頃に主将を務めていた虹村先輩くらいだ。でもあの人はこの学校にいない。

 くそ、と青峰君が壁を蹴る。


「やっぱアイツ殴りてぇ…!」


 弄ばれて、裏切られて。愛していたからこそ反動は大きい。そして青峰君は割りとすぐ力に行く。赤司君にその気がないなら、青峰君は彼に傷一つつけられないだろうけれど。


「……赤ちんに何かすんなら、いくら峰ちんでもゆるさないよ」


 ゆら、と青峰君の前に立ったのは、今まで黙っていた紫原君だ。そうだ、彼がいる限り、赤司君が彼を止めない限り、誰も赤司君を傷つけられはしない。
 青峰君が嘲笑を浮かべて紫原君を見上げる。青峰君も身長が高いからか、巨大な紫原君と睨み合っても少しも怖くないようだ。身長よこせ。


「まだアイツの忠犬やってんのかよ。あんなこと言われたんだぜ?」

「……ねえ、それ、赤ちんの悪口? ひねり潰すよ」

「やってみろ」


 瞬間、紫原君の手が青峰君に伸びる。バスケで本気を出す時のように素早い。青峰君は身構えて反撃の準備をして、


「喧嘩は止めるっスよ!」

「冷静になれ」


 紫原君を、間一髪で黄瀬君と緑間君が止めた。紫原君は抵抗したけれど、平均を大きく越えた男二人がかりには敵わない。ずっと抵抗をしていた。しばらくしたら頭が冷えるだろう。すぐに彼の頭を冷やすには、赤司君の存在が不可欠だ。
 忘れましょう、とボクは言った。四人分の目が集まるのを感じる。


「このまま赤司君のことを考えていたら、少なからずおかしくなります。だから忘れましょう」


 誰も反応しないかな、と思った。けれど一人目の反応はすぐ上がった。やだ、と。駄々をこねる子供そのものの声と顔で、紫原君が。


「オレ、赤ちん忘れたくない。すっげー悲しいけど、忘れるほうがやだ」

「…………オレもだな」


 二人目は、青峰君。紫原君が言った随分後に呟いた。


「こんだけ怒ってんだ。忘れらんねえよ」


 ギロリと紫原君が青峰君を睨む。そんな紫原君に注意する黄瀬君と緑間君も、忘れることはできないと言った。


「自分で言ってなんですけど、ボクも赤司君を忘れるなんて絶対できません。……でも、そしたら」


 どうすれば、この痛みは消えるんですか?



 答えてくれる人は、いなかった。










 

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