長編

□同じ高さの天秤皿
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「――僕が洛山に来たことを、誰にも言わないでください」


 丁寧な言葉を使いはしたけど、それはもう殆ど命令だった。なのにどよめきもせず頷く洛山はすごい。ただの一生徒のお願いめいた命令を、聞いてくれるなんて。

 GW明けの集会で、転入生の自己紹介という名目で舞台に上げられた。たかが転入生が、しかも一時期はここの生徒だった人間が、自己紹介なんて。そう思ったけれど、考えれば、先の命令をするには丁度よかった。
 男にしては長めの黒髪や猫目やゴリラや、知っている顔を見つけていきながら話して、命じて、舞台から下りる。拍手をもらった。



「征ちゃああああんビックリしたじゃない!」

「なんで教えてくんなかったんだよ赤司ぃ!」

「久しぶりだなー。牛丼食うか?」


 一時間目の大部分を使って開かれた集会はお開きになり、二時間目開始のチャイムが鳴るまで休み時間ということになった。色んな生徒に話しかけられつつ教室に戻ったら玲央達がいた。新しいクラスメイトがけっこうビビっている。
 玲央と小太郎が飛びついてきて後ろに転びかけた。永吉が支えてくれたから事なきを得たが、平均を遥かに越した身長の男二人は重い。


「本物だわ…」

「モノホンだな…」

「当たり前だろう……驚かせたくてね。大成功だったよ」


 自分より高い位置にある頭を撫でる。新しいクラスメイトに激しく見られているけれど気にならない。こんなに安らげたのは久しぶりだ。


「にしても頼もしいわ、また征ちゃんとバスケできるのね!」

「……、ああ、バスケはやらないよ。止めたから」

「え…?」


 驚いたように声を上げたのは、玲央だったか小太郎だったか、永吉だったか。クラスメイトの誰かだったかもしれない。キセキの世代の主将が言ったのだから驚くのも無理はない。
 どうして、と聞きたいけれど聞けない様子の優しい三人を前に、どんな顔を見せればいいのだろう。笑えばいいのか、困った顔をすればいいのか、全ての表情を消せばいいのか。俯くこともできない。


「でも、遊びに行っていいよな? な!」


 一歩踏み出した小太郎が僕の腕を掴んで、自分の方へ引き寄せた。暗色の制服に包まれた胸板に顔がぶつかって少し痛かった。背中や頭に手が添えられて、そんなものはすぐに溶けたけれど。
 チャイムが鳴って先生が入ってくる。時間に厳しいことで有名な世界史の先生だ。懐かしい。三人が慌てずに僕から離れる。慌てろ。


「いつでも来い。あと、急いで戻れ」


 やっと笑えた顔を見せてから、自分の席に座る。窓際の一番後ろ。転入生の席。
 昼休みね、と玲央達は教室を出ていった。あいつらはお互い以外に友達がいないのだろうか。



* * *



 ボールとバッシュの特徴的な音。もう聞くことはないと思っていた音達。それを僕は、体育館で聞いていた。


 どうしてこうなった。


「小太郎! 気を抜くな!」

「っぅえ!? ごめん赤司!」


 去年の対秀徳戦の時みたいにどこか気が抜けていた小太郎に注意して、改めて館内を見渡す。ミニゲーム中で、玲央と小太郎は永吉とチームが別れている。
 ミニゲームにも気を配りつつ今の選手データを確かめる。やはり全員去年より強くなっている。


「赤司、次の試合なんだが」

「監督……僕はもう主将ではないんですよ。話は玲央にしてください」

「…そうだったな」

「大体、こうしてここにいること自体、本意ではありません」

「楽しそうだがな」

「…………」


 聞こえなかったふりで誤魔化す。
 部員でも、マネージャーでもない。そんな僕がここでバスケ部の指導をしているのは、部員と監督に頼まれたからだ。今思えば断ればよかった。バスケも断ち切ると決めたのだから。
 何だかんだで僕は自分に甘い。ここにいるのも、皆が頼むからだと理由をつけている気がしてならない。
 勝利の雄叫びを上げつつ、小太郎が手を振ってきた。「赤司! 見てた? オレのブザービーター!」見てなかったよごめん。


 猫目の小太郎を見て犬みたいな涼太を思い出した。芋づる式に、他のキセキも、さつきも。
 みんな、心置きなくバスケをやれているだろうか。僕への恨み辛みや憤りなんかはさっさと忘れていてくれればいいのだけれど。
 自己暗示が解けた今、彼らがいないことがとても寂しい。といっても、思ったよりは寂しくない。胸が張り裂けるくらいかと思っていたけれど、胸が張り裂けそうなくらいにしか。


「今日はみんなで征ちゃんおかえりなさいパーティねっ」

「湯豆腐も牛丼も出る店を探さんとな」

「オレ! オレ飾りつけする!」


 休憩時間、五将の三人を中心に部員がはしゃぎ出す。僕とは面識がない一年生は疎外感を覚えているかと思ったのに、一緒にはしゃいでいた。洛山のバスケ部は全体的に仲がいい。
 こんな大勢が入れて、牛丼も湯豆腐も出る店なんて、あるのだろうか。ないだろう、多分。
 まだ練習開始には早いがはしゃぐ余裕があるならいいだろう。休憩終了を告げようと息を吸う――ぽん、と肩を叩かれた。


「任せなさい」


 携帯を片手に頼もしく笑う監督が、インターネットを駆使して店を探し出した。



* * *



「いっぱい食ったああああ!」

「まさか本当に湯豆腐も牛丼も出て、部員全員入る店を探すなんてなあ…」

「うるさいわよ小太郎。……征ちゃんも、その気になればお店探し出せたでしょう?」

「まあ、否定はしないよ」


 バスケ部全員が一斉に帰ったら軽く交通の邪魔になるので、いくつかのグループを作って、グループごとに店を出る時間、帰り道を変えて帰った。僕はレギュラー四人と一緒に。帝光高校に戻って一年も経っていないのに、ひどく懐かしい。
 予想よりは痛くない寂しさはきっと洛山のみんなのお陰なのだろう。泣きたいくらいに癒される。

 彼らの勝利に手を貸すことが、既に裏切ったキセキへの裏切りになるのなら、僕はどちらを選ぶだろうか。






同じ高さ

天秤







 

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