長編

□薄氷
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虹村の元カノ(♂)出現するので注意




 自分が女装男子じゃなく、男装女子でよかったと、赤司は常々思っている。

「女装男子」や「男装女子」は「頭痛が痛い」と同様、意味に重なりがあるが、それは置いておいて。
 異性だと思っていた恋人が実は同性だったなら、がっかりするだろう。怒るだろう。きっと破局する。
 だが同性と思っていた恋人が実は異性だったなら。騙されていたことに多少怒るかもしれないが、驚き、そして喜ぶだろう。
 赤司が現在付き合っている虹村は男で、虹村からすれば自分達は同性カップルだ。だが赤司は実は女子であるから、高校に入って性別を本来のものに戻すその時がとてもとても、楽しみであった。



「お前はいつまで経ってもひょろいよなあ」

「…そのうち成長期が来たらムキムキになりますよ」

「ひょろい方が可愛いけどな。ま、お前ならムキムキでもいーけど」


 帰り道。ムキムキになる日は来ないと知りながら冗談を飛ばした。不意打ちの口説き発言に口を開けなくなる。そんな自分を、虹村は面白そうに眺めていた。


「――あれ、修造?」


 初めは、ただの通行人という認識すらなかった。虹村しか目に入っていなくて。すれ違う寸前にその人物が虹村の名前、しかも下の名前を呼んだからやっと気付いた。虹村も同じタイミングで気付いたというところが嬉しい。
 話しかけてきたその彼は、赤司と同じくらいの歳の少年だった。髪は亜麻色、目は黒。可愛いと綺麗の中間の顔立ちをしている。虹村が、見て一、二秒で少年の名前を呼び返した。同じく下の名前だった。


「ごめん、つい声かけちゃった。――そちらは……」

「後輩。で、恋人」

「に、虹村さん……!?」


 そんなにあっさりバラしていいのか。あたふたすると虹村の「コイツも同じだから平気だ」に驚く。同じって何がだ。そしてどういう関係なのだ。
 同性愛者だ、と虹村は答えた。あっさりと。そして、微妙な顔で言いづらそうに、元カノ、と呟いた。
 どちらの答えにも呆然としていると、少年は「お邪魔しちゃったね」と申し訳なさそうにして去っていった。


「……今は何にもねぇよ。マジで」

「それは、分かっています、けど。…………その、どうせいあいしゃ……って」

「……ああ、お前は元はノーマルなのか――気色悪いか?」


 慌てて首を振る。気色悪いとかそういうのではなく。恐怖と焦りが胸を焦がす。
 バレるわけにはいかない。虹村が男を好きなら、自分が女であるということは隠さないといけない。なるべく長く。願えるなら永遠に。
 知られた瞬間終わる。


 願えるなら永遠に、けれどそんなことできっこない。


 だから、なるべく「その時」を先延ばしにする努力しか、できなかった。



* * *



 うだるような夏の暑さはどこか媚薬効果を持っている気がした。



 受験に向けて、なぜか後輩である赤司に勉強を教えてもらって、暑さが気になるし赤司もつらいだろうからクーラーをつけようとした時だ。高い気温に汗を滲ませて頬を染める赤司が妙に目について、ちょっと唇を塞いでみたら夢中になった。
 女のように軽い体をさり気なく抱え上げてベッドに座る。初めに比べれば巧くなったのに、余裕がないようで必死に吸いついてくる。懸命にコクコクと唾液を飲み込む姿にどれだけそそられるか。
 巧いのに息の仕方は下手な赤司はすぐ酸欠になる。彼の限界を悟って唇を離し、暑さに操られるように、その細い体をシーツに押しつけた。


 ――――怯えた。


 赤司は、体を一度びくつかせて。顔を、瞳を、怯えで満たした。目を伏せて逸らして細めて、体に力を込めている。
 たかが暑さの媚薬なんて赤司には敵わない。頭が冷静になっていく。


 仕方ねえよなぁ、まだ中二だし、元はノーマルだったみたいだし。


 真っ赤な髪を梳いていると、不思議そうにこちらを見てきた。梳くのをやめて体を起こす。ついでに赤司の腕を引っ張って座らせた。


「お前が平気になるまで、気長に待っててやるよ」

「虹村さん……」


 感激したのか何なのか、赤司の目が潤んだ。早速下半身にクることをしてくれる。無自覚だろうけれど。
 とにかく、赤司の決心がつくまで手は出さないと決めたから。虹村は、軽いキスをするに留めてクーラーのスイッチを入れ、机へ向かった。



* * *



 待ってる、そう言ってくれた。単純に嬉しかったが、ずっと待ってはくれないと思った。性別を知られるわけにはいかないのだから当然「そういう事」はできない。永遠にできないままで良しとするとは思えなかった。
 きっといつか、ガードが固い――固くせざるを得ない赤司より、普通に抱かせてくれる男の子の方へ行ってしまうだろう。無理もない。
 虹村と離れる未来はもしかして今日なのではないかと、赤司は常に怯えていた。


「そういやお前、進学先決まったのか?」


 虹村の声がして顔をあげる。思考が彼方へ飛んでいた。アイスコーヒーをかき混ぜる手もいつの間にか止まっていた。今いるファミレスの空調の寒さに気付く。
 上の空だったことを隠して洛山だと答える。京都か、と虹村は瞬時に思い当たったようだ。


「つーことは三年間寮暮らしか…」

「ふふ、浮気しちゃ嫌ですよ?」

「アホか、するわけねーだろ」


 アホかと切って捨てられたことに頬が緩む。

 洛山からのスカウトを受けたのは、強豪校ということもあるが、東京からの距離のこともあった。性別を戻す時、噂にならないよう父が計らってくれるが、同じ都内にいたらさすがに噂は届く。その点京都なら遠いから、噂も東京にまで広まりはしないはず。それに、高校生になったらさすがに体格を疑問に思われるだろうから、頻繁に虹村と会うわけにはいかなかった。
 洛山には既に自分が女であることを伝えてあるが、それでもあちらは自分を必要としてくれた。


 ファミレスを出て、向かったのは虹村の家だった。空調を寒いと感じたことはバレていた。どこの店も空調の効き具合は同じくらいだから、温度調節ができる個人宅で過ごす、というわけだ。
 虹村にとっては快適な涼しさだったかもしれない、と怖くなる。虹村にマイナス感情を抱かせることが怖かった。マイナスが積もりに積もって別れられる可能性が怖かった。


「……虹村さん。暑くないですか?」

「あ? 全然。あったけえよ」

「…………すみません」

「バカ。違う。お前があったけえの」

「…………」

「お、赤くなった」


 虹村の部屋で、虹村に抱えられて床に座っていた。ただでさえ心臓が強く脈打つ状況なのに、先のカッコイイ言葉。赤司も虹村の体温を心地よく感じていたが、言えはしなかった。
 代わりに、試しに、勇気を出して虹村にもたれてみる。重いと感じられたら退こうと決めていたが、そのままでと言わんばかりに腹に腕を回されたから、そのまま甘えることにした。
 その時その時を、幸せな思い出になるよう過ごしていく。
 たとえ恋人でなくなった時、どんなに辛くても。





END.









* * *
最近虹赤書いてなかったし男装赤司ちゃん書いてなかったので。相変わらず「だんそう」と打つと「断層」としか一発変換されないのはガラケーだからですか何ですか。。
 

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