長編

□ごーとぅーとぅるー
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 試合の結果は予想通りだった。決勝は洛山対帝光。三位は誠凛。僕は洛山の控え室で皆に再度キセキのプレースタイル、弱点などを教える。桃井が読んだはずのこちらの成長なども含めて。
 キセキへの裏切りとか、考えたけど、バスケに関してならこの姿勢が正しい。全力で両者を戦わせてやりたい。
 最後に激励を送って控え室を出る。飲み物を買おうと立ち寄った自販機で、あまり会いたくない人物を見つけた。ものすごく引き返したいけれど多分すでに相手の視界に入っている。引き返す方が危険だ。
 変装は完璧だ。大丈夫。バレない。

 ソイツがお茶を買った後にコーヒーを買う。冷や汗が滲んだ。汗をかいた缶の冷たさに妙に救われながら、バレていないと念じて足早に歩こうとして、



「…え、……あ、赤司?」



 バレた。

 どうしようかと一瞬考える。疑問系だったから、相手は確信は持っていない。無視して歩こうとして、



「やっぱり赤司じゃん! 何やってんだよお前、何でこんなとこに…!」



 確信された。鷹の目とは本当に厄介だ。
 高尾和成は驚きと喜びと怒りが入り交じった顔と声で話しかけてきた。これ以上関わるとロクなことにならないのは間違いない。再度無視して歩こうとして、腕を掴まれた。


「けっこう心配したんだぜ! 真ちゃんに聞いても『知らん』しか言わないし、バスケ界でも『赤司征十郎失踪!?』なんて噂になってるし」

「どうでもいいから腕を離せ」

「……何かワケアリなんじゃねえの? 離してもいいけど逃げたらすぐに真ちゃんに電話してやる」


 非常にうざい。
 そして、真太郎に連絡されるのは非常に困る。努力が全部水の泡だ。案外鋭いことは知っていたが…。
 奴は既に左手にケータイを構えていて、こちらが折れるしかないようだった。


「…知りたいことは出来るだけ話してやる。逃げないから離せ」

「ん、わかった。…あ、ごめんちょっとセンパイに電話」


 電話相手まで言う辺り気遣いが上手い。僕は高尾が先輩に「知り合いと会ったからその人と観る」と言っているのを突っ立って聞いていた。
 ケータイをポケットに仕舞った高尾は改めて僕を見て、「すげえ変装だなあ」と笑った。



* * *



「訳あってキセキに嘘ついて行き先を教えず引っ越した、ねえ…全然話せてなくね!? 訳って何だよ…」

「言わない」

「あーっそー。なんて嘘ついたんだよ?」

「言わない」

「……。どこに引っ越したん?」

「京都。洛山に通っている」

「へ!? 学校行ってんの!? 全然噂になってねえけど…」

「僕が洛山に来たことを言わないでほしいと頼んだからかな。皆優しい」

「全員言ってねえのか…さすが洛山、赤司教の総本山その二」


 おちゃらけて「こわーい」と言って、高尾は両腕をさすった。アカシ教なんて聞いたことがない。総本山って二つ以上あるものなのか。
 訳ありの訳も嘘の内容も、深入りされなかった。どこまで踏み込んでいいか分かっている奴は嫌いじゃない。
 半ば強制的にアドレスと電話番号を交換させられた。強引に「征ちゃん」呼びをされたところで、決勝戦――洛山対帝光が始まった。


「――楽しそうだな、征ちゃん」

「ここから見るとよく分かるんだ。みんな、楽しそうなのが」


 中三の時の荒れた雰囲気は皆無。コートの外だとより分かる。高尾含めた他校五校のお陰だ。
 どちらが勝つだろうか。拮抗している試合は大輝と火神の1on1と似ている。少しの偶然で勝敗は決まる。
 玲央がお得意のファウルからの3Pを決めて、大輝がまたすごい体勢でシュートを決めて。小太郎のドリブルを涼太が取った。テツヤはまだベンチにいて、主将が出ている。
 点差は、広がったと思ったら縮んで、ひっくり返したと思ったらひっくり返されて。


「すごいのな、無冠て。キセキと渡り合うとか」

「五将だけが強いんじゃないよ。他の二人だって。…それと、」

「それと?」


 その先は呑み込む。訊かれたけど言わない。


 ――それと、あの主将が、キセキの力を引き出せていない。


 例えば虹村さんあたりが指揮していたら、洛山はもっと苦戦していただろう。虹村さんの実力があの主将並みだったとしても。
 キセキの実力は最後に見た時と変わっていない。むしろ若干落ちているような気がしないでもない。
 皆が傷つかない為にこの道を選んだのに、皆のバスケが弱体化しては意味がない。けれどそれについて僕にできることはない。まさか虹村さんに帝光に来て主将をしてくださいとは言えない。

 試合終了のブザーが会場に、鋭い波紋のように鳴り響く。


 点差は僅か一。帝光の勝利だった。



* * *



 高尾と無理矢理別れて洛山の控え室に行くと、ガチ泣きの玲央に名前を呼ばれた。他の皆も、差はあれど目に水がたたえられている。
 ああ、そうだ。彼らは今年が最後なのだ。悔しいだろう。どんな結果でも負ければ悔しいだろうが、一点差というのはまた、悔しさの度合いが違うのだろう。


「…カッコ悪いとこ見せちゃったわぁ…」

「どこがだ? 負けて悔しいのは当然だろう。……よく頑張った」

「征ちゃぁ〜ん…っ」


 泣き止んだ玲央がまた泣きそうになっている。観客席でただ観ていただけの僕にはこれ以上なにも言えない。ただただ、彼らの気が済むのを待つだけだった。



* * *



「洛山強かったっスね〜!」

「そうか? 楽勝だったろ」

「一点差だったくせに何を言っているのだよ」

「峰ちんバカだから五十点差くらいに見えてたんじゃね?」


 帰りのバスで青峰君達が話しているのを聞きながら、ボクは違和感に首をかしげていた。違和感、それが何なのか分からないけれど、どうしてか気になる。
 テツ君? と隣の桃井さんが不思議そうにボクを呼んだ。


「難しい顔してるよ。珍しいね、テツ君が表情出すの」

「……出てましたか、表情」

「うん。それで、どうしたの? 気分悪い? 膝枕しよっか?」


 気分は悪くない。そう告げると桃井さんはどこか残念そうな顔をしたが、それなら何か気になるのか、と訪ねてきた。何が気になるかも分からないのに言っていいのか迷ったが、気付いたら頷いていた。


「何なのかよく分からないんですけど。洛山との試合、違和感があって…」

「いわ、かん?」

「はい。桃井さん、去年の洛山と今年の洛山を比べて、何か思うところはありませんか?」

「うーん…………去年より強くなっているのは確かだよ。それと、どう成長するか、ちょっと読みにくかったな」


 もうちょっと考えてみるね、と桃井さんはリュックから資料を出して読み出した。ボクは桃井さんの言葉を頭の中で反芻する。
 去年より強くなった、それはまあ分かる。強くなっていないわけがない。
 どう成長するか読みにくかった――そういえば、桃井さんにしては珍しく、洛山の成長予想はたびたび外れた。十の予想のうち、五か四くらい外れていたと思う。百パーセントに限りなく近い的中率を持つ桃井さんが、だ。
 桃井さんの読みの外れも違和感に入れて、他の違和感を探す――と、肩が重くなった。


「なに難しい顔してんだよ。眠いのか?」

「青峰君……」

「黒子っち、ミントガムいるっスか? オレがCM出てるやつ!」

「うっさいです黄瀬君」

「ええええええ」


 ついでにと四人にも違和感について訊いてみる。青峰君と紫原君は勘が鋭いし、緑間君は頭がいい。答えか、それに近いものを言ってくれるかもしれない。
 青峰君は「そんなんあったか?」と深く考えなかったが、桃井さんが真面目な顔で資料を読んでいるのを見ると、真面目な話だと分かったらしい。ちょっと真面目な顔になった。緑間君も真面目に考えてくれた。
 紫原君は「知らねーし」みたいな感じに言うと思ったが、何も言わなかった。考えているのかいないのかが分からない。


「洛山、まあまあ強かったよな」

「強かったのだよ」

「それは知ってます」

「……まあ確かに、なんかおかしい……気がしないでもねえな」

「どっちなんスか」

「――――強すぎるんだよ」


 まいう棒を飲み込んで、紫原君が言った。彼が他校をそこまで評価するとは意外だった。


 強い、ではなく、強すぎる。

 何故だかその表現はしっくりきた。


「どうしてそう思うんスか? 一応勝てたのに」

「知らねーし。思うだけだから。…んー、でも何だろ。――んーん、なんでもない」

「ハッキリ言うのだよ」

「えー、やーだ」


 紫原君は「もう知らん」と言いたげにまいう棒を食べだした。
 収穫があったようななかったような。微妙な成果に微妙な気持ちでいると、桃井さんが袖を引いてきた。顔を寄せて小さな声で話してくる。


「ちょっと、気になることがあったんだけど…」

「何ですか?」

「ここじゃ――主将の前じゃ、ちょっと言いにくいの。でも大ちゃん達にも聞いてほしいから、どこかに集まれないかな?」


 主将に聞かれたくない話とは何だろう。訝しみながら、部活後に話がある、とかなんとか言えば皆残るんじゃないか、と言ってみた。桃井さんは「さすがテツ君かっこいい!」と頬を両手で覆った。桃井さんがやるとそういう仕草も似合う。
 次の部活は、明後日。IH後に一日もらえる休みが今は、嬉しくなかった。





ごー
とぅー
とぅるー




 

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