長編

□真実にニアミス
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 IHから二日後の放課後。他の部員が帰った後、桃井さんがキセキを呼び止めた。紫原君は帰りたがったけど、桃井さんが大事な話だからと言うと渋々残った。


「ったく、何なんだよオレ達にだけって……今日マイちゃんの写真集の発売日なんだけど」

「黙ってください青峰君」

「へーへー」


 青峰君が肩を竦めて黙って、桃井さんがリュックから資料を出す。既視感ある動きだ。出されたのは資料。四年前、三年前、二年前、一年前、今年の洛山の戦力データを載せたものだ。今は必要ないのだろう、部員一人一人のデータはなかった。
 桃井さんは、まずボクに渡してきた。読んだら隣に回すのだそうだ。ボクはデータをじっくり読んでから青峰君に渡した。青峰君は一応読んだけれどあまり意味は分かっていないだろう。黄瀬君も同様に違いない。緑間君は飲み込めただろう。紫原君は三秒見ただけで桃井さんに返した。


「データを読んで、どう思った?」

「はい! 四年前と三年前の実力差がちっちゃいっス!」

「うん、見れば分かるね、きーちゃん」


 手を授業中には絶対やらないような高さまで上げて言った黄瀬君。そのくらいはボクだって気付いていた。
 桃井さんは他に意見がないのを見ると口を開いた。


「一昨年から去年、去年から今年の実力の伸び具合が同じでしょ?」

「だから何なんだよ…つーか三年前から一昨年の伸びも同じじゃね?」

「……ムッ君は気付いてるんじゃないかな。ミドリンも」


 ボク、青峰君、黄瀬君、桃井さんの目線が二人に向けられた。紫原君は「何でわかんねーの」と吐き捨てた。彼の不機嫌は、居残りさせられたから、とは違う気がする。
 口を開かない紫原くんの代わりに緑間君が教えてくれる。


「去年の洛山には赤司がいたのだよ」


 ハッ、と、ボクを含めた三人が息を飲んだ。紫原君はますます不機嫌そうにしている。紫原君はボクらが赤司君を話に出すことを快く思っていない。話しても不機嫌にならないのは、桃井さん相手だけだろう。
 ボクも青峰君も黄瀬君も、ぴんときたが言葉にできない。時間をかければできるだろう。でも、今すぐ答えがほしい。


「順番に説明するね。まず、四年前のデータを出したのは四年前から三年前の実力の伸び具合を知ってほしかったから。どうして知ってほしいかは分かる?」

「……無冠も赤司君もいない、普通の伸び具合を知ってほしいから、ですか」

「うん、正解」


 昨日洛山の過去のデータを漁ってくれた桃井さんによると、天才やそれに近いレベルの人がいる時以外の伸び具合は、大体四年前から三年前のそれと同じだそうだ。


「三年前と無冠が入った一昨年の差、一昨年と赤司君がいた去年の差は大体同じだよね。あ、でも、去年のデータに赤司君自身の戦力は入れてないよ」


 赤司君が入ったことにより他のメンバーの力が上がって、総合戦力が無冠が入った時並みに伸びたのか。すごい。何で赤司君の戦力を入れていないかは――きっと後で話してくれるだろう。
 で、と。ここからが本番と言うように桃井さんが表情を引き締めた。赤司君の戦力を入れなかったのは去年と今年の条件を同じにするためだ、と前置きして。


「去年から今年の力も、一昨年から去年の力と同じくらい伸びてるの」


「――!」


 赤司君がいないのに、赤司君が育てた時と同じくらい力が伸びている――。

 どんなにすごくても、赤司君より人の力を伸ばせる人はいないだろう。

 なのに。


「……え、あ……、もしかして、洛山に赤ちんいるの……?」


 震える声で紫原君が言った。今にも京都に行きそうな勢いだ。
 けれど、桃井さんは首を振る。


「いないと思う。洛山に赤司君がいるか、洛山の生徒に聞いてみたけど……『いない』か『知らない』しか言われなかった」

「……そっか」

「でもね、やっぱりおかしいと思う。もしかしたら、洛山にいなくても、たまに顔を出したりしてるのかも……」


 もしかしたらだけど、と桃井さんが念押しした。そうしないと紫原君が洛山に転校しそうだったからだろう。というか洛山の生徒に聞いたのか。
 ボクはといえば、違和感の正体を知ってスッキリしていた。
 強すぎる。赤司君がいないにしては、強すぎる。紫原君の言う通りだった。
 それと、と。桃井さんは引き締めた顔を険しいものにした。主将に聞かれたくなかったのは今から始まる話、なのだろうか。自然と構えてしまう。



「……みんな、さ。ちょっと弱くなってるよ」



 誰も何も言えなかった。

 弱くなっている? ボクらが?


 全く分からなかった。今も自覚はないが、桃井さんが言うなら事実だろう。……これ以上弱くなってどうするのだボクは。


「恥ずかしいんだけど、私も気付いたのは一昨日だった」

「バスの時、ですね」

「うん。……皆、どうしちゃったの……?」


 何もかものステータスが下がったと言う。スピードも、パワーも。緑間君のシュート率は変わらないけれど。


「ごめん、どうしちゃったのなんて聞いたけど、どうしてか、私、何となく分かるよ」

「分かるって……じゃあ何でなんだよ!」

「――主将が変わったから」


 息を飲むしかなかった。
 思い当たる節はあった。単調になった練習とか。黄瀬君の応援をする女子の騒がしさで切れてしまう集中とか。
 赤司君じゃないとこんなにも駄目なのか――いや、あの主将はそんなにも駄目なのか。


 彼はどこにいるのだろう。


 裏切られて、騙された。恨む気持ちはある。それが強すぎて、今の自分の感情が分からない。


 赤司君を好きなのか。嫌いなのか。


 ただ二つ把握できる感情は、嫉妬と焦燥だった。


 焦燥については言わずもがな、自分達の弱体化。導く人が代わるだけでこうも違う風になってしまうのか。それだけのことで弱くなってしまうのか。

 嫉妬は、その対象は。西の都京都の、洛山という高校。組織。
 ボクらは彼に裏切られた。気にもかけられていない。忘れられているかもしれない。
 なのに洛山は、洛山バスケ部は。今もなお、彼の愛情を受けているのか。肺をどろりとした黒いものが満たす。


 また拒絶されるんじゃないかという恐れが消えなくて、ボクらは結局、彼を捜さず、真実は別にあると考えもせず。


 季節は過ぎて、冬になった。


 WCが開催される、十二月に。





真実ニアミス



 

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