長編
□通じない仮面
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「あ、征ちゃんだ! おっひさー元気だったあー?」
「……あまり大声を出さないでくれるかな」
「だいじょーぶだいじょーぶ。キセキ、今火神に会いに行ったから」
これから強豪達との試合が待っているというのに、真太郎が会場にいるのに、高尾和成は僕の元へやって来た。
今回も変装した。玲央達の遊び心で選ばれただろう、明るい茶色のカツラと青いカラーコンタクト。なのにすれ違ったらバレた。
「今回は何かかわいいな。なんかダボダボで。萌え袖じゃん!」
「君の可愛いの定義が分からない……」
そう、服だって今回もいつもと違うものだ。白地に黒の太い横縞が入った、妙に袖が長いTシャツに、黒い半袖のTシャツを重ねて。更に上に、カツラよりやや暗い色のコートを着ている。スラックスとブーツはグレー。ブーツの方が少し色が濃い。玲央の趣味満載だが、完璧な変装だ。なのにバレた。
洛山の控え室へ戻りながら、コイツはどこまで付いてくるのだろうとぼんやり考えた。というか、僕なんかより真太郎のところに行けばいいのに――言うと、和成は困ったように眉を下げた。
「真ちゃんとは割りといつでも会えるから。それに、会ったら喋りたくなってキツいし」
「会っても話さなそうだがな。君の口が固いのは分かっている」
「……買い被りすぎじゃねー?」
「いや。真太郎とは割りといつでも会える――会うんだろう? なのにキセキに何のアクションもないのは、君が言っていないからだ」
「征ちゃんあったまいいなあ」
「まあ、僕のことを知っても、会いに行きたくないと彼らが思っているなら話は別だけれど」
それはねーな、と和成は自信たっぷりに言う。何を根拠にそんな自信を持てるのだろう。
というかどこまで付いてくる気だ。ふと、さっきまで考えていたことを思い出して、和成を見上げる。去年より身長差が広がっている気がしてムカついた。
「なになにどしたん、オレに見惚れてんの?」
「今日の分の試合が終わったら病院へ行け。……そろそろ自分の場所へ戻ったらどうだ」
「あー……もうそんな時間か。んじゃまたな、征ちゃん。オレ頑張るから、しっかり見とけよ!」
「秀徳と帝光か洛山が戦ったら、帝光や洛山側を見るけどね」
「つれなっ」
よよよと嘘泣きして、和成は去っていく。風のような男だ。爽やかな風ではない。太陽の下で遊んでいるような風だ。
もう少し歩いて、洛山の控え室に着く。中は程よい緊張で張りつめていた。選手が一斉にこちらを向いてきた。どれだけ視線が集まろうと、気後れはしない。彼らが力を最大限発揮出来るよう、手伝うだけだ。
「負けたら、その敗因は僕の指導力不足だ。入っていない部を抜けることはできないからそこは多目に見てくれ。……そして、罪を償う証として」
「あか、し……?」
「両の眼をくり抜いて、お前達に差し出そう」
「征ちゃんっ!」
「……なんて言わないよ」
台詞に既視感を覚えたらしい小太郎も、決定打の言葉に肩を怒らせた玲央も、拍子抜けしたみたいに体から力を抜いた。無言だった永吉も、息を吐いている。密やかな悪戯は成功したようだ。
皆の顔をまとめて視界に収めながら、けれど一人一人の顔をきちんと見る。
「お前達が勝利を喜ぶ姿を、僕に見せてくれ」
一試合目前から、大袈裟かもしれない。けれど、一試合目だろうと試合は試合だ。勝ち負けは存在する。
去年は。勝ってもあまり嬉しくなかった。負けなかった安心を息にするだけだった。
嬉しく勝たなければ意味がないとか、そういう風に思っているわけではない。ただ、コイツらが勝って喜ぶ姿を見たいだけだ。
「絶対勝って、征ちゃんを嬉し泣きさせてやるんだから!」
「赤司の泣き顔ちょー貴重じゃん! ベンチにカメラ置いとこっと!」
「赤司は……赤ん坊の時以外に泣いたことあんのか?」
「その意気だよ、玲央。なぜ小太郎が僕が泣く前提にしているのか分からないし、永吉が僕を何だと思っているのかも分からないな……」
無言の五番にも、僕がいない穴を埋める一年生にも、目を合わせる。
「頑張れ」
帝光の控え室にいるはずの、もう話すことも出来ないだろう彼らへの気持ちも込めて、応援を贈る。
また、玲央達とテツヤ達の試合を見たいものだ。きっと、願わなくとも見られるだろう。どちらも強いのだから、いつかぶつかるに違いない。
一日目の試合は洛山も帝光も勝利を収めた。このまま勝ち進むなら、両者がぶつかるのは、決勝だろう。
* * *
僕の予想が外れることは滅多にない。外すとすれば大抵がキセキ関係だ。今回の予想は一応、キセキに関係したものだったが、外れなかった。
開会式から数日という時間が経ち、明日はいよいよ決勝だ。予想通りの洛山対帝光。秀徳は惜しくも準決勝で敗退している。和成とは会っていない。アイツの辛そうな顔はあまり見たいものではないから、どこかホッとしている。
「……外で待っている。新鮮な空気を吸いたい」
「分かったわ。気を付けてね、変な人に付いてっちゃダメよ」
「お前は僕をいくつだと思っているんだ……」
心配性な玲央に呆れつつ、くったりだらける選手達に背を向けて外へ向かう。観客はとっくに帰路についたらしく、人気はない。
去年、キセキとテツヤを召集した場所へ行ってみる。階段から下を見下ろす。かつて見慣れていた色彩が近付いて来るのが見えた。ここから離れようと思ったが、ここまで距離があるならバレないだろう。ここは彼らの通り道ではないから、すれ違うこともない。
――ふと。行儀悪くも、懐かしくも、歩きながら十円の菓子を消費するこどもが立ち止まった。じいっ、とこちらを見上げてくる。見返すのも変だからポケットからスマホを出して、操作するふりをする。
気付くな。
外見を変えても気付いてくれたらいいな、なんて心のどこかで思う。
けれど気付くな。思いの矛盾が息と胸を詰まらせる。
「――――……あか、ちん?」
サクリと僕を突き刺す視線が、グサグサと六つに増えた。
それでも素知らぬふりをする僕を、天が嘲笑うようにあっさりと、六色の集団は顔を驚愕に染めていった。
通じない仮面