短編2
□目が離せない
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二年生になって初めての部活。オレは初めて自分一人で作ったメニューの三十一回目の確認をしていた。主将に見せる前に、改善点を目を皿のようにして探す。これ以上ないくらい完璧な仕上がりを見てもらいたくて。
大丈夫だ。おかしなところも、これ以上良くなるところもない。
顔を上げた時、頭のてっぺんに何かが乗った。
「メニューできたかー」
「……主将。顎をどけてください」
「お、これか」
主将が後ろから手を伸ばしてきてメニューを奪い取る。お願いはガン無視だった――きっと、オレの熱くなっている耳と頬も、強く鳴り出す鼓動も。
主将にとって、メニューを見るのに丁度いい高さはオレの目線らしく、視界がメニューでいっぱいになる。こんな自分の字の羅列より主将の顔を見たいのに。
「ほーほーふむふむ……良くできてんじゃねェか。よくやった」
オレの頭から顎を離した主将が正面に回ってきて、代わりに温かい大きな手のひらを乗せてきた。がっしりした、オレとは全然違う手。
顎が乗っていた時は強烈に恥ずかしかったけれど、今はくすぐったい感じに恥ずかしい。でも嬉しいことには変わりなくて頬の緩みは止まらない。
「――赤ちんオレもかまってー」
前触れなしに後ろからのしかかってくる体温。一気にあたたかくなった。
声を聞いた瞬間から、誰なのかは分かっていた。顔ごと真上を見る。予想通りの人物が、子供のように妖精のように、ほんわりと笑っていた。
「…紫原。基礎練は済んだか?」
「うん。一番におわったよ〜。ほめてほめて」
「偉いぞ。よしよし」
屈んで頭の位置を低くしてきた紫原の頭を撫でる。平均より長めの髪はサラサラで、指がひっかからない。お菓子のカスが口元についているので取ってやった。
気持ち良さそうに目を細める紫原。何だか可愛くて笑みが零れる。ただ、けれど、それと同時に胸は痛んでいた。
だって、紫原も主将のことが好きだから。
緑間も青峰も黒子も、黄瀬もそうだ。
オレと主将が話していたら割って入ってくる。引き離してくる。主将が好きだから。皆ライバルなのだ。主将と付き合えているのはオレだけど。
皆が邪魔をしてくるから最近は主将といる時間が少なくて、すごく寂しいし、焦りで胸が痛む。主将が誰かに心移りした時、オレは笑っていられるだろうか。すがりつくようなみっともない真似をしない自信がない。
「紫原。外周二十」
固い声で主将が言った。そういえば今は練習中で、余計な話をし過ぎてはいけない。
紫原は「ええー」と唇を尖らせた。ああでも、心の中では主将と話せて喜んでいるんだろうな。やっぱり胸が痛い。
渋る大きな子供をオレも促す。紫の頭はやっと外へ向かった。ちょっと胸が軽くなった自分が浅ましくて嫌だ。
今は部活中。気を切り替え、主将に向き直ってメニューについての話を再開する。
「赤司ー! 1on1しようぜ! 黄瀬じゃものたんねー!」
「ええええ酷いっスよ青峰っちいいい」
三秒もしない内に青峰に呼ばれた。その隣では黄瀬が大袈裟にショックを受けた顔をしている。
赤司ー! とまた、青峰の声。バスケしたくて堪らない声。オレにはない純粋さが眩しい。そんな青峰も、オレを主将から引き離そうとしているのである。
バスケはしたいが行きたくない気持ちもある。だがここは、空気的に行くのが正解だろう。行ってきます、と主将に軽く頭を下げて二人の元へ走る。後ろから呼ばれたけど、聞こえないふりをした。
「オレに1on1を挑むとは大した度胸だな青峰。足腰立たなくなるまでしごいてやる」
「おーおー望むところだ! オレがお前の足腰立たなくしてやるぜ!」
「おい青峰テメ何言ってんだ東京都二十周行ってこい!」
後ろでなぜか主将がぶちギレているが、青峰と目で「あれ冗談だよな?」「当たり前だろう」と会話する。冗談なら問題ない、と、1on1は始まった。ちなみに黄瀬は見学だ。
「くっそ赤司強えー!」
「赤司っちすごいっス! あの青峰っちに勝ったっス!」
「勝つに決ま――ぅわっ」
青峰が思ったより強くて、内心ちょっと焦ったことは言わないでおく。
いきなり飛びついてきた黄瀬のせいでバランスが崩れた。1on1直後で一時的に体が疲れていたのも問題だ。踏ん張りがきかなくて床に倒れる――
「ったく黄瀬ェ! いきなり飛びついてんじゃねーよ青峰と東京都二十周してこい!」
――いつの間にやら近くに来ていた主将が支えてくれたお陰で倒れずにすんだ。オレと、標準を遥かに越す背丈の黄瀬を支えられる主将は力が強い。とにかく格好いい。
「いやあスンマセン!」と笑う黄瀬は人懐こい。これもオレにはない部分で、眩しい。キラキラな笑顔が主将に向けられていて、反射的に手がシャツの胸の辺りを掴んでいた。
メニューを挟んだバインダーで黄瀬と、なぜか青峰の頭まではたいた主将がオレを向く。
「さっきの話の続きすんぞ」
「あ、はい」
「――赤司」
主将と体育館の隅に行こうとしたとき、緑間に話しかけられた。かすり傷、青あざ、と満身創痍だ。ズボンの裾が濡れている。
一体どうしたのだろう――疑問は彼の両手を見て解決する。
「…お前、本はどうした? ラッキーアイテムだろう?」
緑間の手にほぼいつもあるラッキーアイテムがない。だからこんなに酷い格好なのだ。
はああ、と緑間の形のよい口から溜め息が零れる。
「間違って燃やされたのだよ。焼却炉に」
「何をどうしたらそうなるんだ…」
「過ぎたことはいい。問題はこれからだ。図書室に条件に当てはまる本がなかったのだよ…」
「今日のラッキーアイテムは確か……二千年八月に初版発行された天体関係の本、だったか…?」
「ああ」
相変わらず鬼ち……深いアイテムを指定してくる。
さてどうしようか。そんなピンポイント、店にだってない気がする。図書館もここらにはない。
「……あ」
色々考えて思いついた。周りに断ってから、緑間を連れて部室に行く。またも主将に呼び止められたが聞こえないふり。主将と話したいけれど、今はさすがに自分の欲求より緑間の命の方が大事だ。
ロッカーの制服から携帯を取り出し家にかける。使用人の一人が出た。
「大至急、オレの部屋から二千年八月初版発行された天体関係の本を持ってきてくれ。入って左の本棚の上段にある」
使用人に頼りたくないがやはり、緑間の命の方が大事だ。通話を切って振り向くと、緑間は驚いた顔をしていた。展開を理解しきっていないようである。
そんな緑間を安心させるために笑って見せて、携帯を軽く振る。
「十分もしたら使用人が届けに来る。それまで大人しく見学してろ」
「赤司…!」
「ほら、行くぞ」
「赤司君」
突然現れた黒子に、気付いてなかったらしい緑間がびく、と体を震わせた。無言で驚いている。ちなみに当然、オレは気付いていた。
黒子の雰囲気が妙に真面目なので緑間を体育館に返し、二人きりになるようにする。時計の針の音が追いたてるみたいに段々早く聞こえる。そんなわけ、ないのに。
赤司君、と黒子が言う。無表情に見えるが多分、真面目な顔をしている。
「折り入ってお願いしたいことがあります」
「…何だ」
「主将と別れてくれませんか」
「嫌だ」
随分と直球だ。そして男前である。こういう時度胸がある黒子が正直羨ましい。
オレの答えは予想できていたようで、黒子は驚いた顔はせず、ただ息をついていた。
「お前達がどれだけ主将を好きでも、オレは負けない」
「……やっっっぱり伝わってませんか……。いっそ清々しいくらいですね…」
うんざり、といったしかめ面で溜め息を吐かれる。彼の表情筋がここまで動くのは珍しい。
ふと気付くと一歩先に黒子がいた。影がかった空色の瞳がじぃっと見上げてくる。ふと、両方の肘にあたたかさを、背中に固さと冷たさを感じた。見るとロッカーに背を押し付けられていた。
――どうして黒子は笑っているのだろう。
「いくらキミが鈍感でも、こうすれば気付きますよね?」
近付いてくる黒子の顔。何をする気かは分からないが取り敢えず抵抗して、左腕だけは自由を取り戻した。黒子の口を押さえて顔の接近を止める。それでも、じわりじわりと黒子の顔は近づいてきて、もう目と鼻の先の距離になった。
――そして、ドアが開く。
「いつまで話し――何やってんだごら! 東京都百周しろ黒子!」
お怒りの主将が外を指差して怒鳴った。二回無視してしまったし部活中にこんな訳の分からないことをしているし、当然のことと思われる。少しだがオレにも責任がある気がして、オレもペナルティーを受けようと思った。もう主将の言葉が冗談とは思えない。
「黒子、オレも一緒に走るから頑張ろう。頑張れば東京百周も――ひぅっ!?」
ヌルリ、やザラリ、という表現がぴったりな感触が、黒子の口を塞ぐ手のひらを舐めた。舐めた。舐められた。
考えるより先に手を引っ込める。後ずさろうとしたが既に背がロッカーに当たっていて無理だった。主将がオレと黒子の間に入る。
「赤司とメニューの話をする。お前は練習に戻れ」
「…………」
「も、ど、れ」
思いっきり不満そうに主将を見上げた黒子だったが、強く言われると渋々の体で出ていった。バタンと扉が閉まる。
主将は何やら怒っているようだった。練習を放りすぎたからだろうから、素直に謝っておく。するとバインダーで頭を叩かれる。かなり強めだった。
「何するんですか!」
「お前はもうちょい気を付けろ! 危機感をもて!」
「それはこっちの台詞です!」
「はあ!? 何でオレが」
「皆主将のことが好きだからですよ!」
怒鳴ってからハッとして口を塞ぐが、もう遅い。皆が隠している気持ちを第三者のオレが言うのはズルいと、ずっと我慢していたのに。
けれど言い出したら止まらない。抑えてきた言葉は口からボロボロ溢れ出る。
「紫原も緑間も青峰も、黒子も黄瀬も。皆主将が好きなんです。貴方が皆の内の誰かを好きになったら、って思ったら、すごく怖く、て、」
ものすごく余計なことを言った気がして口をつぐむ。つぐまなくても続きは言えなかったに違いない。主将に唇を塞がれたのだから。
唇を主将の舌がなぞってゾクゾクして、つい開いたら中に入ってきた。腰の上と頭を大好きな手に引き寄せられて貪られて、体から力が抜けていく。
解放された時、尻が床についていた。
「そりゃ、それこそ全部オレの台詞だ。鈍感なのはお前だよ赤司」
目尻に浮いた涙が拭われる。主将の言葉の意味が分からなくて、は? と聞き返す。すると主将の顔に苦笑が広がった。
「こんだけ言ってもまだ分からねえんだろ、やっぱ鈍感だ。ホント目が離せねえ。アイツらが好きなのはオレじゃねぇよ」
「…そんなの主将の勘違いです」
「んなわけあるか。ハッキリ宣戦布告されたんだぜ?」
だったらアイツらは誰が好きなんだろう。目を伏せて考えていると、またバインダーが頭をはたく。優しい威力だった。
「分からねえならいいんだよ。牽制すんのはオレだしな」
アイツらは主将を好きだとしか思えないが、主将が言うなら違うのだろう。メニューに話題を変えた主将に合わせて頭を切り替え、だが少し色ボケが残った脳ミソは、オレを主将の胡座に乗せた。一瞬固まった主将は次の瞬間にやわらかく抱きしめてくれた。
END.
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キセキ→虹赤に見せかけた虹赤←キセキ、でした! フラグがわっかりやすいので気付かれたと思いますが…。虹赤が来すぎてツラいです。もっと増えてほしい…!