短編2

□grilled rice cake
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 電光得点板のタイマーがゼロになり、ブザーが体育館に響き渡る。黄瀬は全身に流れる汗のうち、顔のものだけをTシャツの肩の部分で拭い、自然体を装って壁際を見る。ただ今の三対三は二年生のレギュラーのみで行われていたから三年は出ていない。彼らは壁にもたれて観戦していた。
 見た先にいるのは、三年生の一人、元主将のところへ駆け寄る恋人の赤司。無表情に微笑を引っかけて話しかけている。元主将はそんな赤司の頭をクシャクシャと撫でて、赤司は微かに満更でもなさそうな顔を浮かべて――


「……俺には、話しかけてくんないのになぁ……」


 同じチームで共に頑張って勝利を掴み取った黄瀬(と紫原)には一言のねぎらいしかくれなかったのに。一言の一瞬の何百倍もの時間話している二人を見ていると、弱く黒い感情が肺に溜まった。
 こちらばかり嫉妬している。それを寂しく感じた時、黒子が視界に入った。


「黒子っちぃー……オレと赤司っちって付き合ってるっスよね?」

「別れたという報告は受けていませんが」

「……赤司っちにヤキモチ焼かせるの、協力してくれないスか?」

「ヤキモチ焼いちゃう赤司君もさぞかしかわいいですよね。黄瀬君とくっつかなきゃいけないというのが耐えがたいですが……いいでしょう、協力します」

「なんかすっげー傷ついたッスよオレ!」


 赤司っち癒して! と言うところを堪えて、黒子っち癒して! と黒子に抱きつく。黒子にボロクソ言われて傷ついたのを黒子に癒してもらうというのは何ともおかしな話だ。黒子の腕に鳥肌が立ったのがまた悲しい。
 気になる赤司の反応を窺う。自分達の様子は視界に入っているはずなのに、何でもない顔をしている。風景の一部として認識されているような。


 無反応…! でもオレめげない…!


 こうして、黄瀬の「赤司を嫉妬させる作戦(黒子の協力付き)」は始まった。



* * *



「あ、赤司っち! オレ今日も黒子っちと食べるんで!」

「そうか、分かった」

「…………黒子っちいいいいぃぃぃごふうっ」


 笑顔で、黒子を抱き寄せて言えば、赤司は弁当を手に教室を出ていった。その顔色は一ミリも変わっていなかった。声音にも不自然な固さはなくて、まったくの平常。
 動揺が皆無な態度が悔しくて寂しくて赤司がいなくなってから黒子に泣きつくと、脇腹に肘鉄を食らった。患部を労りつつ黒子と向かい合って座る。


「なんか、全然嫉妬してくれないんスけど…黒子っちの頭撫でたり、黒子っちに抱きついたり、黒子っちと二人でご飯食べたり帰ったりしてんのに…」

「成果なしですね。ご愁傷さまです」

「うう…赤司っちぃ…」


 半ベソで卵焼きを口に入れる。黄瀬は甘い方が好きだから甘い味付けのはずなのに、どこかしょっぱい。母は砂糖と塩を間違えたのだろうか。
 そろそろ自分が好かれている自信がなくなってきた。キスもしたことがなくて、あまつさえろくに話したりもしないなんて。もしかして、恋人というのは自分の妄想なのではないかとも思えてきた。
 どんより卵焼きを咀嚼していると黒子が食べ終えた。


「赤司君の様子を見に行きましょう」

「……へ?」

「キミの前では何でもない風を装っていて、こっそり悲しんでいるのかもしれません。あの赤司君の演技なら、見抜けない方が普通ですし」

「でも、どこにいるかなんて…」

「場所は限られているでしょう」


 他のキセキのところ、部室、虹村のところ。指を三本立てて黒子が言ったのは、その三ヶ所。聞けば長くなりそうだから、どうしてその考えに至ったかは聞かない。ただ、候補に虹村がいることが体を重くする。
 食べかけの弁当に蓋をして立ち上がる。まず他のキセキのところへ行った。だが、赤い髪は見当たらなかった。
 三年の教室の方が部室より近いが、虹村のところは後回しにした。もしそこが正解だとしたら、その光景を見たくなかった。部室で一人、メニューでも考えながら食べていてくれれば。


 しかし、そんな期待はあっさりと砕かれた。


 部室の閉じた扉を黒子が無音で開け。二人で隙間から中を覗く。
 縦長になった視界に飛び込んできたのは、先程の自分達のように向かい合って、笑いあって弁当を食べている赤司と虹村。人目を忍んで二人きりで食べているようなそこは、二人の世界だった。
 頭が真っ白になって、けれど、見開いた目は赤司を痛いくらい鮮やかに映していて。
 ――どうやって戻ったのかは分からない。気付けば教室にいた。


「……赤司っちって、虹村先輩の方が好きなんスかね」

「さあ、ボクには何とも言えません。ただ、虹村先輩が赤司君にとって特別な存在というのは確かですね」

「なんで…?」

「赤司君に色々なハジメテを教えた人ですから」


 無表情な黒子が放ったその事実が黄瀬の頭を強打する。
 赤司と虹村は恋人同士だったのか。今もなお仲がいいのは、お互い未練があって、実は両想いだから……?
 キスをしたのだろうか。抱きしめあったり、二人きりの休日を過ごしたり、お互いを何より大切に想ったのだろうか。もしかしたらもう、身体だって――。
 頭を占めるのは焦燥感だ。
 弁当を食べる気にはなれなくて、残した分は夕飯に回ることが決定された。



* * *



 作戦開始から十日ほど経った今日も、黒子と帰ることにした。それを伝えても赤司は依然として平静な顔をしていた。
 もう終わりだろうか、そんな風に消沈していたのだが。


「いい加減、赤司君ときちんと話すべきです」


 強く黒子が言ったから、急に、赤司に会いたい衝動に駆り立てられた。恐らく今も一人、部室に残ってメニューを考えたり部誌を書いたりしている赤司に。
 動こうとする前に足が動いていた。頭だけ振り返らせて、黒子に謝罪を叫ぶ。黒子は相変わらずの無表情でヒラヒラと手を振った。
 まだ学校から遠く離れたわけではなかったから、部室へは数分で着いた。話をしよう。深呼吸で息をととのえ、おそるおそるドアを開ける。昨日の黒子がしたように、無音で。
 そうして見えたのは、また、と言うべきか――赤司と虹村。そして何より黄瀬に衝撃を与えたのは、二人が抱きあっているというその光景だった。


「ったくお前はよ……寂しいなら寂しいって言えよな」

「……寂しくないです」

「嘘つけ、んな顔して…」


 虹村が赤司の顎を掬い上げた。そのまま見つめ合う二人。部室にあるのは二人の世界。誰も入ることができない、濃い空間だった。


「っも、別れるなら別れるって言ってくださいっス!」


 入れない、だからだろうか。その世界を壊した。ドアが壁に激しくぶつかる。
 目を丸くする二人に歩みより、赤司の肩を掴んで虹村からひっぺがす。そして、初めてかもしれない激怒の顔で言い募る。


「赤司っち、ホントにオレのこと好きっスか!? 先輩にばっか話しかけるし、先輩にばっか笑って…!」

「…黄瀬、」

「オレが黒子っちに引っついても気にしないし、赤司っちを避けても気にしないし!」

「黄瀬、それは…」

「先輩が好きならそう言ってほしいっス。オレちゃんと、赤司っちと別れるの我慢するから…!」

「ちったぁ赤司の言葉も聞け!」


 赤司の言葉に被せながら怒鳴っていたら、頭に虹村の拳骨が降ってきた。思わず頭を押さえて黙ってしまうくらい痛かった。
 痛みを堪えて赤司を見ると、まるで助けを求めるように虹村を見ていて、また頭に血が昇る。察した虹村に今度は軽く肩を叩かれた。そうしたら少し血が下へ行って理性が戻ってきた。赤司と虹村の会話を聞いても赤司に掴みかからない程度には。


「ちょうどいい、ちゃんと言っちまえ」

「…でも、」

「思ったことは言わないと分かんねぇだろ。お前だって黄瀬が何を思ってたか、今知ったんじゃねえの?」

「…………はい」


 赤司がこちらを向いた。虹村に説得されてという形なのが唯一胸を刺す。
 一体何を言われるのだろう。いや、内容は予想がついている。本当は虹村が好きなのだと、リンゴみたいな頬で告げられるのだ。よりを戻したいから別れてくれ、と――


「…オレが好きなのは、お前――黄瀬、だよ」

「…………へ?」


 リンゴみたいな頬。睨み上げるような上目遣い。そして告げられた、自分への恋心。まさかのどんでん返しについていけない。目を点にする黄瀬の前で、赤司は俯いて肩を縮めた。詳しくは言ってくれないようだ――と、虹村が口を開く。多分、黄瀬の興奮を抑えるため、今から口にする言葉を言うために、彼はここに留まっているのだろう。


「お前にどう接したらいいか分かんないんだと。緊張して」

「緊、張……」

「お前が黒子といるから寂しくてオレんとこに来たんだよ。お前らの前じゃ取り繕ってたみてーだけど」

「さ、さっき抱きあってたのは…」

「慰めてただけ」

「でも二人、付き合ってたんスよね…?」

「は?」


 虹村が訝しげに眉を寄せた。赤司がブンブンと首を横に振る。違うらしい。だが黄瀬の頭に黒子の言葉が再生される。


「だって、虹村先輩が赤司っちに色々なハジメテを教えたって黒子っちが…」

「……黒子アイツ…わざとだな…」


 わざとって。
 混乱が一気に押し寄せてきて思考が止まりそうだ。見かねたように、躊躇いがちに、赤司が虹村の溜め息混じりの言葉に補足をつけた。


「確かに、虹村さんからは色々と初めてのことを教わった。寄り道の楽しさとか、買い物の仕方とか……」

「な、な、何スかそれ! …………黒子っちいいいいぃぃぃ!」


 黒子の名を叫びながら赤司を抱きしめる。いつものポーカーフェイスを意地悪な微笑に変えた黒子の顔が頭をちらつく。虹村の言う通りだ。わざとだ。きっと最初から、彼は全部分かっていた。


「…これからも、恋人同士でいていいのか…?」


 自信なさげに訪ねてくる赤司が可愛すぎて腕の力を強める。もちろんだと、誤解して悪かったと、わざと嫉妬させて悪かったと、嬉しい半泣きで叫ぶ。蹴られる前に退散すっかと虹村が出ていって、そうして、黄瀬と赤司の世界が生まれた。





END.









* * *
というわけで黄瀬の嫉妬話でした! 正確には赤司様もヤキモチ焼いてましたが。ヤキモチ焼く、って言葉、どことなく可愛い気がします。ちなみにタイトルの意味は「焼いた餅」。
だいぶ虹村さんが出てきましたが、赤司様と虹村さんの間に恋愛感情はありません。赤司様にとってはお父さん、みたいな。オレはそんなに老けてねェと言われそうだ。虹村さんにとっては、一番目をかけている可愛い後輩です。引っ掻き回したともいえる黒子さんは俗な意味での確信犯。

 

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