短編2
□知らないことは教えてあげる
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それは、夏休みの部活がない日、予定があるかどうかの話を雑談の花にした時だった。特に遠出する予定もないメンバーに、同じく遠出の予定がない黒子が「プールとか海とか行かないんですか」と訊いた時。
「海か……。遊びで行ったことはないな」
そういえば、みたいな空気で言った主将の言葉で、五人の思考は完全に一致した。
* * *
あれから時は少し過ぎて、八月。
六人は満員に一歩届かない混雑具合の電車に乗っていた。紫原、緑間、青峰、黄瀬で小さな円が作られていて、中に赤司と黒子が入っている。乗客で出来た混雑から頭一つ出ていてその上円になっている四人は割りと目立った。
「意外と空いているな。入った時はすごく混んでいるように見えたのに」
「きっと皆さん、他の駅で降りたんですよ」
「まあ、それ以外に理由が思いつかないけど…」
実際には混み具合は変わっていないが、円の内側にいる赤司は気付かない。内側にいるが分かっている黒子は、人混みに押し潰されず赤司とくっついていられる今を無表情で噛み締めていた。噛み締めているのは自らを乗客からの壁にしている四人も同じだ。
『まもなく駅〜』
噛み締めている五人の中では比較的理性的な緑間が、アナウンスを聞いて座席の上の荷台から荷物を下ろす。赤司に赤司の荷物を渡された際ありがとうと微笑まれて顔に熱が集まったのは、耐性がないからではなく、赤司と海へ行くという状況が新鮮すぎるからだ。
ぞろぞろと電車を降りる。電車では、驚くくらいに減った混み具合に乗客が軽い喜びの呼吸をしていた。
駅から五分ほど歩くと踏むものがアスファルトから砂に変わる。朝早いのに、砂浜には結構な数の人がいた。
合宿では来たことがある海を目の前にして、赤司が首をかしげる。
「海ではどうやって遊べばいいんだ?」
「ぶっ…お前ホント、たまに世間知らずだな」
「海って言ったらあれっスよ、波に乗ったり泳いだり撮影したり!」
「最後のはいらん。ラッキーアイテム用に貝でも拾うか…」
「砂でお城つくろーよ。でっかいのつくんの〜」
「ボク達が教えてあげます、赤司君」
まずは着替えましょう、と更衣室へ向かう。そこでは、先の円メンバーに黒子も含めた新しい円が作られ、中にはもちろん、円に気付いていない赤司がいた。
* * *
着替え終えて、さあいざ尋常に、と海へ臨もうとした時、黒子達がそれぞれの呼び方で赤司を呼んだ。呼ばれて赤司が振り向くと、代表のように黒子が半袖のパーカーを手渡す。それを着ろ、と、これまたそれぞれの口調で五人が言った。
「何でわざわざ着なきゃいけないんだ」
「だって赤司君の白く輝く肌とかちょこんとしたピンクのもがっ」
「…日焼け止めも絶対の効果を持っているわけではない。塗っていても肌は焼ける。日焼けしすぎて痛いのは嫌だろう? 日光を浴びすぎると皮膚癌になりやすくなるのだよ」
「…緑間と紫原と青峰は着てないじゃないか」
「オレと紫原は皮膚が強い。青峰が着ていないのは黒さが手遅れだからなのだよ」
「ちげーよおい」
突然黒子の口を塞いだ黄瀬には突っ込まず、まあ日焼けしすぎて痛いのは嫌だし、と赤司はパーカーを着た。薄手で薄黄色いソレからはよく知った香りがした。
「――黄瀬のか」
「そうっスけど…よく分かったっスね」
「匂いが黄瀬のものだからな」
「黄瀬君しねっ」
「黄瀬ちんしんでー」
ウラヤマシイ! と黒子と紫原が黄瀬を睨む。黙っている緑間と青峰も人を殺せそうな目をしていた。本能で命の危機を感じ取って、黄瀬が身を縮める。
遊ぶ時間がなくなるから早く行こう――赤司の発言により、殺気に満ちあふれた空間は消えたのだった。
* * *
「はい赤ちん日焼け止め塗るよ〜」
「もう塗り直すのか?」
青峰と水泳競争をしてから砂浜に上がったら、大きな手には小さく見える日焼け止めを片手に紫原がやって来た。パーカーを肩にかけられる。誰かと思ったら黒子だった。
紫原に手を引かれてパラソルの下に入る。パーカーを脱がされた。そして俯せにさせられる。
「緑間が塗るのかと思った。言い出したのはアイツだし」
「オレが代わったの〜手ェおっきいし」
「別に塗る時間は変わらなそうだけどな…」
日焼け止めの白いクリームが背中に落ちてきて、冷たくてびっくりした。紫原の手が白を伸ばしているのだろう。擽ったい。
背中同様に胸や腹、腕、顔、足にも塗られてやっと終わった。立ち上がって礼を言う。また後でまた塗ると返され、念入りなことだと苦笑する。
「赤司! もっかい勝負しようぜ!」
塗り終えたのを見計らってか青峰が駆け寄ってきた。他の皆はどうしているかというと、黄瀬は女の子に囲まれていて、黒子は日陰でばてるように休んでいて、緑間は貝を拾っている。あと少ししたら全員で海に入ろうと約束してある。その前にもう一勝負というわけだ。
「オレが勝つに決まっているのにご苦労なことだな」
「んなこと言って、負けたらどうしてもらおっかね」
「どうとでも。あり得ないからな、負けるなんて」
減らず口を叩きあいながら海へ歩く。そうして気付いたのだが、視界の隅に映る男達が何だかそそくさと、自分達から逃げるように移動している。ある幼い女の子は半泣きになっていた。何なんだと隣に聞いてみようと思ったら、その隣が原因だったようだ。
「…なんて顔をしているんだお前は。ガンをつけるな。殺気を振りまくな」
「じゃお前ももっと気を付けろよ…」
「何をだ」
「あーハイハイいいんですよ赤司様は鈍っちいままでー」
言い方が非常にイラッとくるものでしかも上から目線で、上から目線で青峰の背の高さが思い出されて、苛立たしいから軽く蹴っておいた。
* * *
気持ちいい揺れと、和らいで暖かくなった夕暮れに眠気に誘われる。ガタコトという単純な音も単調な子守唄みたいだ。肩にのしかかるぬくもりが気を抜けさせる。
空き空きの帰りの電車の中、赤司以外の五人は眠ってしまっていた。たくさんはしゃいで疲れたのだろう。赤司の右肩には黒子の頭が、黒子の右肩には青峰の頭が乗っている。左肩には黄瀬の頭が乗っていて、黄瀬の左肩には緑間の頭、緑間の左肩には紫原の頭がある。寝顔はどれも年相応のもので、ほっこりした気持ちが胸に綿のように積もった。
眠ってしまえば乗り過ごすかもしれない、けれど瞼がとても重い。黒子達が夢の世界から手を伸ばしているみたいだ。
眠ってしまえば乗り過ごすかもしれない、けれど、赤司は伸ばされた手を取って、夢の世界へ歩いていった。
END.
* * *
グダグダッとしてる感がハンパないですねすみません。あれこれ「ほのぼの」…になってますよね…?
今さらですけど水着にパーカーの赤司様が可愛いなあと思ったりしました。