短編2
□君だから大好き
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※ぬるい微裏注意。
選手の集中力を削がせない為に、部活中は黄瀬のファンは応援に行けない。彼女らが応援できるのは練習試合だけなのだ。そんなわけで、体育館に余計な音はない。
ただし今は、初めての「例外」が起きていた。
試合の時ほどではないが聞こえてきたざわめきをメンバーが振り向く。舞台近くの外へ繋がる扉に誰かがいた。外と中の境目辺りに立っていて、その人の背後に大勢の人。その大勢は、それぞれが抑えぎみの声で話しているが、何十人分の声となっている為ざわめきレベルだ。
一言も発していない、誰かを待っている様子のその人は、他校の人間のようだった。灰色のブレザーとスカートとネクタイ、黒いシャツ。腰まで伸びた髪は綺麗な赤で、右の瞳も赤、左は橙。ここまで鮮やかな色を持つ人間が彼以外にいたのかと黄瀬は驚いた。
「…モデル仲間か?」
「え? 違うっスよ、初めて見た人っス」
「…とにかく煩くて集中できねえ。どっか別の場所で待っててもらえ」
「いやだから知り合いじゃないんスけど!?」
野次馬がいなくても、彼女一人がいるだけで集中できなさそうな笠松に蹴り出されて渋々歩く。近付いていくと少女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。騒ぎの原因になっている自覚はあるらしい。
綺麗な顔には耐性があるはずなのにドキリとした。
「…単刀直入に言う。頼むから信じてくれ」
「はい? いきなり何を――」
「僕は赤司征十郎だ」
「――……はいぃ?」
朝起きたらこうなっていて、実渕達に相談したら学校を休ませられ、暇だから会いに来た、と。それはどこの現代ファンタジーだ。
こんなの普通は虚言にしか思えないのだが、黄瀬は簡単に納得した。
「ん、事情は何となく分かったっス。取り敢えず舞台に座っててください。あ、扉閉めるっスよー」
「…僕が言うのも何だが、簡単に信じすぎじゃないか?」
「さっきアンタにドキッてしたから。オレが赤司っち以外にドキドキするわけないからおかしいって思ってたけど、アンタが赤司っちなら納得っス」
「……っうるさい。黙れ」
「えええええ!?」
と、そこで笠松がやって来た。「確かに似てんな」と言っているあたり、話が聞こえていたのかもしれない。少し悩んだように黙る――練習風景を見せることで情報を与えてしまうのが嫌ならしい。「練習見ても見なくても赤司っちには関係ないっスよ」と取りなして、許可をもらう。笠松の顔は少し赤い。元が男なだけにまだマシなようだが、やはり女の子が苦手らしい。
「ありがとうございます。……そういえば、見たところマネージャーがいないようですが…?」
「あー、全員熱出して休み。流行ってんだよ、夏風邪」
「ふむ。…僕が代わりにやりましょうか?」
え、と笠松と揃って目を点にしてしまう。ドリンクなどの準備程度なら自分がやっても問題ないはずと赤司は笠松を見つめた。
確かに、練習をして、ドリンク類も用意するのは体力的に厳しい。データ管理をさせるわけでもないし。
見つめられすぎて真っ赤になった笠松が自棄ぎみに頷いた。赤司がお礼とともに笑みを深めると逃げるように練習に戻っていく。何というか、微笑ましい――赤司相手ではなかったら。
「涼太の格好いいところ、たくさん見せてね?」
期待いっぱいの笑顔を向けられ、黄瀬は、喜びの奇声をあげながら練習に戻った。
* * *
「黄瀬…あのかわいこちゃん、ホントに赤司?」
「そっスよ。手ェ出しちゃダメっスよセンパイ」
「俺……アレなら赤司でもイケる……!」
「ダメっつってんでしょうが! …ってか赤司っちも愛想振りまいちゃダメっス!」
紹介して、と顔に書いてある森山を全力で牽制してから部員にタオルを渡している赤司に駆け寄って後ろから抱きつく。二人の身長差は、元の赤司と紫原のソレと同じくらいだ。
今の赤司っちなら――と赤司を抱え上げる。赤司の太股を右の前腕に乗せ、左手を細い腰に当てて支える。元の赤司でも姫抱きには出来るが、こちらの抱き上げ方は難しいのだ。
「……何している」
「今しかできないことその一っス! 後で家行ってエッあででっ」
「ふざけるな! 下ろせっ」
頭を肘打ちされる。仕方なく下ろしたら笠松に肩パンされた。
怒っている風な赤司だが、その頬が赤いのはバレバレだ。人目がなかったらキスをするのに。いや、キスでは止まらなそうだ。
ほら、と赤い顔のままの赤司からドリンクを手渡される。涼太の好きな味は分かっているよと微笑まれたらやっぱりキスしたくなった。
* * *
仕事がなくてここまで嬉しかったことは、そんなに無い。外で堂々と手を繋いで赤司と歩く。彼女はスクープを気にしたが半ば強引に繋いだ。赤司とのスクープなら大歓迎だ。元の姿より二回り小さい手は新鮮だった。
「それにしても、他校生があんなに目立つとは思わなかった…悪いことをしたな。笠松さん達にも謝っておいてくれないか?」
「お安いご用っスよ――ってか赤司っち、目立ったの、他校生だからじゃないっスよ……自覚してください」
他校生が来たからってあんなに野次馬が来るものか。というか野次馬のほとんどが男だったことに、彼女は気付いていただろうか。
「あそーだ、今日中に帰っちゃうんスか? よかったらウチに泊まんない?」
「……明日は休みだし、ホテルに泊まるつもりだ。誘いは嬉しいが、突然のことだしご家族にも迷惑だろう」
「えー、大丈夫っスよ! 気にしないと思うっス」
「女の僕が泊まりに行ったら関係を勘違いされて色々聞かれるぞ」
言われてみれば、恋愛面では女っ気の無かった息子(弟)が女の子を泊まらせに来たら、根掘り葉掘り聞かれるだろう。
それでも、普段声しか聞けない距離にいるから、なるべく長い間一緒にいたい。
強引にごり押し。押して押して、最後には自分が赤司とホテルに泊まると言ったら、無精無精といった感じに赤司が折れた。外にいるにも関わらず喜びの奇声を上げる。うるさいと殴られた。
菓子折りを買いに行こうとする赤司の隣を歩く。そういう律儀なところも大好きだ。
* * *
「あら、まあ、赤司君? どうしたの、女の子だったの?」
「あれ、赤司君だーいやんかわいい!」
「赤司君赤司君、一緒にお風呂入ろう。今の体なら問題ないよね!」
「…っ何っで分かるの!?」
母も姉二人も、赤司を見た瞬間から目を丸くした。自分は言われるまで分からなかったのにと内心で悔しがる。「だって見たら分かるもんねえ」と、逆に何で分からないのと言いたげに首をかしげる三人に、赤司が「黄瀬家すごいな…」とポカンとしていた。
ここはポジティブに考えるべきだろう。黄瀬は自分に言い聞かせる。初めて連れ帰った女だ、と質問責めにされなくてすむし。
取り敢えず、こうなった原因は不明なこと、今日泊まらせたいことだけ言う。赤司が、あっさり頷いた母に菓子折りを渡した。
* * *
「赤司っちとお風呂入りたかった…」
「何故お前のお姉さんと入らなきゃいけなかったんだ…」
黄瀬の部屋。布団は空っぽで、ベッドには二人。赤司は黄瀬の姉のお下がりの薄黄のベビードールを着ている。姉ちゃんグッジョブとしか言いようがない。
向かい合って、小さな体を抱きしめて、当然のように欲情する。防御性が低い薄布に包まれた小さな胸を手のひらで包む。ビクリと反応した様子にニヤニヤしながら胸を弄り続けた。すると手首を掴まれて止められる。
「やだ、涼太…っ」
「えー…でも反応してるじゃないっスか」
「嫌なものは嫌なんだ…っりょう、た、やめ…っ」
「…………」
泣きそうな顔は本気で嫌がっている顔だった。ビックリして手を放すと謝られる。正直興奮したが、手は出せない。笑って、赤と橙の目に溜まった涙を拭う。
「…ごめん」
「無理矢理なんて嫌っスから。オレこそごめんね、不安っスよね、体が変わって」
「……うん、ごめん、ありがとう」
ごめんはいらないのに。こうして触れあえるだけでも嬉しいから罪悪感なんて感じなくていいのに。
ゆっくり背中を撫でていたら規則正しい寝息が聞こえてきた。見ると彼女の瞼は両方とも下りている。
しっかり眠っているのを確認して、黄瀬はトイレへ向かった。
* * *
朝起きたら赤司の姿は男のものに戻っていた。ホッとした様子の赤司は、どこか残念そうだった。
部活は午後からだからゆっくりしていても平気で、もう少しベッドにいたくて、赤司を抱きしめたまま短くなった赤い髪を指で梳く。
「……少し怖かったんだ」
目を閉じて微睡んでいた赤司が赤と橙を見せて言った。一瞬何のことか分からなかったが、すぐに昨夜の拒絶を言っているのだと理解する。
「女の体を知って、黄瀬が男の僕を好きじゃなくなったらどうしようって。ずっと女でいるとして、それが分かっていたら、拒絶なんかしなかったよ」
元に戻った時、残念そうにしていたのはだからなのか。
溜め息を出しかけて口を閉じる。そんなものを出したら更に勘違いされる。
何とか分からせたくて赤司の体を自分に引き寄せた。
「女の子になっても、男に戻っても、赤司っちが大好きっス。赤司っちは赤司っちなんスから」
「…黄、瀬……」
嬉しい、と体で表現された――抱きつかれた。やっぱりかわいい、なんて思いながら、昨夜も弄った場所に手を当てる。久しぶりの感触だ。
「っ、黄瀬?」
「赤司っち、自分が今どーゆーカッコしてるか、思い出してください」
「っあ…」
途端に赤くなる顔。やっぱりかわいい。
本気じゃない拒絶を、唇で塞いだ。
END.
* * *
黄瀬姉もきっと身長高いから、男に戻っても服はパツパツにならないはず…。
女体化要素活かしきれませんでした反省。後天性女体化は初めてです。。