短編2

□みるきーうぇい、世界でいちばん長い川
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 明日は何の日でしょーか、楽しそうに笑って黄瀬が言った。運動会前の子供みたいにウキウキしている。内心でドキリとした緑間だが平静を装って黙りを決めこむ。自分は、どうでもよさげな話に加わらなくても不思議に思われない。「明日が何の日か」――七月六日にその質問が出た場合、それはどうでもよくはないのだが。


「明日……七夕ですね。晴れるといいのですが」

「あー、そういやそうだったな。どうでもよくね? プレゼントもらえねーし」

「明日、給食に七夕スープ出るんだよ〜。スープじゃなくてお菓子ならいいのに」


 特に食いつかないがスルーもしなかった黒子達に嬉しそうに「正解」と言う黄瀬は知らないのだろう。他の三人が知っているかは知らないが。とにかく、三人共が七夕を答えたことにショックは感じない。感じないったら感じない。
 そう、感じない。たとえ、緑間の隣で同じく黙ったままの赤司が七夕と回答しても――


「お前達、緑間をからかうのもその辺にしておけ。明日が何の日か? 緑間の誕生日だろう」


 感じない、感じない感じない。けれど、そちらの方を答えたなら、喜びや嬉しさは感じる。それは素直に感じよう――いや、ショックは素直に感じようとしないのではなく、本当に感じないのだが。
 話を振った黄瀬はやはり知らなかったらしく「ええええ明日誕生日なんスか!? 用意してな…そうだオレのサインを!」「いらんのだよ」――ふざけていない辺りタチが悪い。「わあすっかり忘れてました」「あ、そうだっけ? マイちゃんの写真やるよ」「そっかあ、明日だったね〜。お菓子あげるねー」――三人のうち一人には悪意というか、悪戯っ気を感じた。写真は断った。


「大体、七夕なんて何をするでもない行事より、緑間の誕生日の方が大事だろう」

「ちょ、笹飾ったりするじゃないスか! それに織姫と彦星には大事な日なんスよ!」

「笹飾り…? 織姫と彦星――……織女星と牽牛星の話か。本当に天の川で二人が会っているとでも思っているのか?」

「さすが赤司っち現実的!」


 つうか笹飾りとか知らないんスね、と黄瀬が目を丸くした。勉学はもちろん、雑学も並み以上の赤司が常識を知らないことが意外らしい。対する赤司はやらなかったからすぐに思い出せなかっただけだ、と素っ気ない。
 小学校低学年頃には笹飾りなどやると思うのだが。赤司の昔は色々変わっている。

 青峰がコンビニに寄りたがり、それをきっかけにか話題は他のものに逸れた。赤司も、紫原にまいう棒をもらいつつ参加している。七夕の件を胸に残しているのは自分一人に違いない。
 微かに、だが確かに、七夕より自分の誕生日のことを思っていてくれたら嬉しいと思っていた。だがどうだろう。今赤司に求めているのは、誕生日祝いではなかった。



* * *



 日は変わって七月七日。午前は曇るが段々晴れていって夕方には快晴。そんな予報通り、昼までは灰色の存在感が強かった。
 雲一つなくなった頃に部活の終わりを告げる笛が鳴り、部員は汗を拭いつつ更衣室へ歩いた。キセキはダラダラでもテキパキでもない速さで着替えて更衣室から出て、もはや黒子、青峰、黄瀬、紫原には何も期待していない緑間の後ろで目線を交わす。最初に声をかけたのは、彼らが出てくるのを待っていた桃井だ。お祝いの言葉を手作りケーキと共に渡す。死を覚悟した。


「はい、オレのサインっス!」

「だからいら……いや、もらっておくのだよ。十何年かしたら高く売れるかもしれないからな」


 ひっでえと叫ぶ黄瀬も、他の皆も、自分がうっかり密かに「デレ」たことには気付いていないようだ。目ざとく発見したのは赤司だけ。
 青峰からは写真、黒子からはシェイク割引券、紫原からは菓子をもらった。らしすぎるプレゼント達を突っ返すなんてことはもちろんしない。赤司が「写真使ったらコロス」みたいな目で睨んでいても、だ。
 殺気を収めた赤司が両手で渡してきたのは携帯式の将棋盤だった。マグネット使用で、折り畳めば文庫本より少し小さい大きさになる。


「期待しているよ、緑間」

「…言ってろ。絶対に負かすのだよ」

「――さて、赤司君はまだ部誌を書くんですよね? ボクらも待っていたいですが、今日は帰ります。プレゼントその二です」

「何がプレゼントになるんだ?」

「ありがたく受け取るのだよ」


 相変わらず自分の色事には緑間以上に疎い赤司は首を傾げていた。緑間は黒子達から、赤司から、将棋盤と同じくらい嬉しいプレゼントをもらう。
 何がプレゼントなのか分からずモヤモヤしている赤司と、緑間。部室にいるのはこの二人だけだ。


「…何だろう、今日はいつもよりスラスラ書ける」

「お前の今日のラッキーアイテムはバスケットボール、だからな」

「オレにも多少の効力はあるのか。すごいなおは朝は」

「…………」


 赤司なら、話しながらでも仕事の早さはそう変わらないだろう。それでも多分、きっと、おそらくは、少しくらいの遅れは出る。緑間は、今日そんな遅れが出るのが嫌で、黙っていた。早速プレゼントを使って一人将棋を指す。マグネットだから音はあまりなくて、赤司の集中を妨げないのがいい。
 雑音しか聞こえない静寂の中、一局終えた頃、赤司が部誌を閉じた。それは集中の沼にはまっていた緑間を釣り上げる糸だった。



「終わったよ、帰ろう」

「…その前に少し時間をくれないか」

「? いいよ、忘れ物?」

「いや、これなのだよ」


 これ――部室の角っこに立て掛けていた笹を手に持つ。誰からも今日のラッキーアイテムと思われていた、赤司の腰までしかない笹には、何の変哲もない。赤司が訝しげに眉を寄せた。そんな彼に、授業ノートに挟んで折れないようにしていた短冊を渡す。明るい黄緑の紙は光っていないのに、赤い瞳は眩しげに細まった。


「オレは別に、書きたいなんて思ってないぞ」

「オレがやりたいのだよ、七夕の笹飾り」

「書いたって意味なんか…」

「お前は、書いてヤル気になる奴ではないかもしれない。願いを書くことに意味を見つけ出せないかもしれない。…だが、オレは、」


 普通と違いすぎる赤司を憐れんでなんていない。普通のことをさせたい、と半端で上っ面な正義感に駆られてなんていない。
 昨日自分を決意させたのは、ただ、


「…………オレは。たまにはこういう、ロマンチックなことをするのも悪くないと、思うのだよ」


 日常みたいな行事を一緒にしたい。
 結局ごまかしてしまった理由は本心と似た意味で、しかも本心を凌ぐ恥ずかしさを緑間に与えた。顔がどんどん熱くなっていく。平たく、滑らかに言いたかったのに。
 赤司の顔はずっと固まっていた。ピクリとも動かない。緑間が唯一恐れたのは、この願いが押しつけがましい思いになること。だから、背筋が冷えて、胸がドキドキした。
 どうしよう――赤司が呟いた。


「何を書いたらいいんだろう」


 嫌すぎたのではなく、分からなくて動けなかったらしい。有りすぎて選べない、そう短冊を見つめる赤司に安堵で脱力する。


「どんな願いがあるんだ?」

「……えぇ、と。緑間関連では、もっと色々したい、とか、ずっと一緒にいたい、とか…」

「…、っ」


 そして突然のデレである。色々ってなんだ色々って。
「ずっと一緒にいたい、なんて、年に一度しか会えない二人に願うのは酷だろうか」なんて真剣に悩んでいる。昨日の発言とは真逆の赤司に、黄瀬や青峰ならポカンとするだろう。緑間は、口元を緩めた。
 赤司は知らなかっただけだ。こういったことの楽しさを。寿司を食べたことがない人間が寿司の味を知らないように。赤司が七夕を経験したら好きになる確証はなかったが、普段の赤司を見ていたら好きになる確率が圧倒的に高いことは分かる。おは朝だってわりと信じている赤司なのだ。
 何はともあれ、今は悩んでいる彼に声をかけるのが先決だ。


「オレ関係の願いは書かなくていいのだよ」

「緑間…?」

「そんなもの、空に願わなくてもオレが叶えてやる」

「っ、っ、」

「色々したいなら言え。恥ずかしくて言えないなら出来るだけ態度で示すのだよ。全力で察してやる」

「……う、ん」


 髪と区別がつかなくなるくらい真っ赤な顔を前にして、ノートに挟んだままのもう一枚の紙を頭に浮かべる。薄い赤のそれに書く願いは決まっていた。まだ書いていないけど、少しでいいから叶えさせてほしい。


「もし物理的に距離が開いても、気持ちだけは傍にあると約束するのだよ。オレの気持ちがお前に、お前の気持ちがオレに向かうなら、真ん中で出会い続けるからな」

「…くっさ……」

「うるさいのだよ!」


 おかしそうに笑われた。笑いに笑われた。照れ隠しなのだと、このくらいなら、全力でなくても察せられた。
 筆箱から筆ペンを出して短冊に書く赤司。筆ペンを筆箱に入れている中学生は初めて見た。書かれた二文字は随分な達筆だ。


「それでは宣言なのだよ…」

「『勝つ』。願うまでもなく叶うけれど、書くとしたらこれだからな。緑間も書け。自分の分も用意しているんだろう?」

「ああ」


 ノートから机へ短冊を移動させ、渡された筆ペンで迷いなく書く。後ろから覗き込んでいた赤司が吹き出した。


「お前だって宣言じゃないか。二人そろって抱負か」

「……お前に影響されたのだよ」

「へえ? …ふふ、願うまでもなく、宣言するまでもなく、お前は十分素直だけどな」

「なりたいところで素直になれなくては意味がないのだよ」


 二人で短冊を笹に飾って、緑間が笹を持ち上げる。家に持ち帰って部屋の壁に立て掛けるつもりだ。
 気まずくない沈黙の中を歩いて、やがて、赤司が言う。顔は前に向けられていた。


「……誕生日、続きをしたい」


 笹がなかったら、衝動に素直になれたら、抱きしめたかった。それくらい可愛らしかった。
 どうしてほしいのか、どう言ってほしいのか、サインはもらった。もらったこちらは全力で察する。


「…家に来るか?」

「! ああ」


 自らの腰辺りまで浮いた赤司の手を握る。気付かなければ袖すらも掴まずに落ちていただろう手だ。またも赤い顔になっている赤司だが、こちらも頬が熱い。
 夜空に輝く数個の星。輝き出した二人の星の下、離れないように、潰さないように、握った手に力を込めた。





END.









* * *
そんなわけで七夕。七夕ネタ大好きです。ありがちになるのが怖くて今まで書かなかったんですが、緑間の誕生日にどうにか絡めたくて。
これ書いてて思ったんですけど、赤司のことを理論的に理解しているのが緑間で、感覚で理解しているのが紫原だったらいいなあ、と。黒子は緑間か紫原の行動にヒントをもらって理解する。青峰と黄瀬はどうなんでしょう。
緑間誕生日おめでとう!

 

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