短編2

□永遠を捧げた
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 何の感触もなかった。触れていないのだから当然だ。強いて言うなら、鼻孔で感じた香水の香りを、感じた気がする。
 薄紙一枚分くらいまで近づけられた距離は、否が応でも一つの可能性を主張した。
 まさか、とは思う。その可能性について考えるだけでも自惚れに感じられた。
 あの時はとにかく逃げた。黄瀬が逃げたのをチャンスにして、二人きりの匂いを残す体育館から、熱くなった自分の頬から、家へと。

 そして当然ながら、黄瀬とは気まずいままだ。自分もそうだが、あちらも分かりやすくぎこちない。


 青峰の浮気にメソメソする場所は校内ではなく自室になった。最初からそうしていれば良かった。そうしていたら黄瀬に見つかるなんてことも、こんな気持ちになることも無かった。


「……どんな気持ちだ……」


 ドキドキしすぎて怖い。気恥ずかしい。どうしたらいいのか分からない。全霊でベストアンサーを探したい。
 この感覚には覚えがあった。半年くらい前、青峰に確か――


「あっかちーん終わったー?」

「……紫原。…ああ、お前を待っていたところだ」

「うう、ごめんね〜。んじゃコレあげる〜」


 開いた扉の枠をくぐった紫原で我に返る。もらったお菓子はお詫びではなく、あげたいからあげた品だろう。
 鞄を肩にかけながら立ち上がって紫原の前を行く。紫原はくぐった枠をもう一度くぐって付いてきた。
 新作のお菓子だとか空のこととか、門の前を歩いた猫のこととか、他愛のないことを話題にして夜道を歩く。紫原との会話で心が乱されることはない。


「赤ちんはさ、ゆっくり考えてていいんだよ」


 けれど、「何を」考えるのか指されなかった言葉に悪寒を感じた。何を指しているのか――異常を感じた機械が停止するように、頭が回らなくなる。
 紫原が淡々とした顔で優しく言う。


「誰に何を感じるか、大事に探していいんだよー。黄瀬ちんはオレとおんなじで、赤ちんの『待て』を聞くのは得意だからね〜」

「……お前はたまに聡いな」

「ほめてほめてー」


 屈んだ紫原の頭を撫でながら、間違いなく軽くなった胸を感じる。たった一つの懸念は残ったままだが。
 自分がどうなっているかを探して、黄瀬が好きだと思う気持ちを見つけたなら。
 心変わりした自分自身を、どう思うだろう。




 そしてその時は、案外早く訪れた。




* * *



 些細なことだ。どうしてこんなことで気付いたのか不思議で堪らないくらいに。
 紫原に慰められてから一週間も経っていない日。青峰、黒子、紫原、他二名のチーム、黄瀬、緑間、他三名のチームでミニゲームをした時のことだ。黄瀬が紫原を抜かしてシュートを決めた。ディフェンスは随一の彼を抜かせて余程嬉しかったのだろう。ガッツポーズをしたまま笑顔で、思わずといった風にこちらを向いてきた。その瞬間、漫画みたいに胸が高鳴った。そして気付いた自分の視界。

 青峰が自由にコートを駆け回る様を、シュートが決まるたび嬉しそうにする姿を見ていた自分は、黄瀬が必死に楽しそうにバスケをして、何か成功するたび嬉しそうにする姿を見る自分に変わっていた。

 青峰に何も感じなくなってしまった自分は知っていた。黄瀬に青峰に感じていたものを感じる自分を、今ここでやっと見つけた。


 込み上げてくるのは広すぎる絶望だった。



* * *



「僕の愛もこの程度だったのか…」


 誰もいない公園で呟いたのは、中学生が言うには深すぎる台詞。だが本心だ。自分の愛は浅かった。こんな風に心変わりするなんて。
 今ではもう、青峰を好きだった自分がどんな甘い感情を持っていたか、思い出せない。
 代わりにあるのは黄瀬を求める気持ちだけだった。


「――赤司っち」


 公園には二つ入り口がある。赤司が座るベンチの数メートル前に一つ、数メートル後ろに一つ。後ろから入ってきたらしく、声は背後で聞こえた。電灯で仄かに白みがかった黄色い頭が前に回ってくる。頭と同じ色の目が、あれ、と見開かれた。


「泣いてない…」

「僕が外で泣くと思うか」

「いやまあ確かに…。でもオレ、赤司っちが泣いてる場所、何となく分かるようになったんスよね」

 最近は家で泣いてた? ――大人びた笑みで言われた。言い返せない。
 ここしばらく避けていたのに、どうして接触してきたのか。考えながら話をする。と、頭を下げられた。


「この間はすんませんっした。赤司っちに浮気させるようなことしかけて…」

「……別に。しかけただけだからいい。それよりどうして、あんなこと」

「好きっス、赤司っち」


 理由を聞いたのは微かな期待があったからだ。黄瀬が自分をどう思っているか、欠片だけでも垣間見ることができれば、と。


「…まさか、モロに見ることができるとはな…」

「あ、の、……返事は」

「悪い、二十秒待ってくれ」


 言うが早いがポケットからケータイを出し、新規メール作成を開く。打つのは「別れる」の四文字、送る先は、ついこの間まで、世界で一番、好きだった人。一瞬の感傷を振り払って送信する。
 赤司の行動についていけていない黄瀬に微笑む。無理矢理の笑みだった。


「僕もお前が好きだよ、黄瀬」

「赤司っち…」

「どうして悲しそうなんだい? 想いが実ったのに」

「…赤司っちがそんな顔してるから」


 労るように伸びた手を避けても、黄瀬は怒らなかった。


「青峰をずっと好きでいると、言っただろう。あれが嘘になってしまった」

「心変わりしない人間ばっかなら、離婚なんて存在しないっスよ」

「また別の誰かを好きになるんじゃないかって、怖くなる」

「…それは、青峰っちがう、浮気ばっかしてたから…。してなかったら、悔しいけど、赤司っちはオレを好きになってくれなかったっスよ」

「……好きなんだ、黄瀬が」


 うん、と。そう言って伸ばされた手を、今度は拒めなかった。



* * *



 繋ぎ止めていてほしいのだと、彼女は言った。目に見えなくてもいいから証がほしいのだと。
 臆病になってしまった彼女には切なくさせられる。そして、どこか哀れだ。

 だからなのか、いや、自分の欲だって入っているだろう。

 黄瀬は赤司を、組み敷いていた。


「…今ならギリギリ我慢できるっスよ」

「嫌だ。不安で仕方ないのももう嫌なんだ。だからいい」

「……っじゃあ、行くっス」


 既にブレザーが脱がされた赤司のネクタイをほどいて、一番上まで留められたボタンを外していく。自分も向こうも体が固くなっていた。
 服の上からでも分かっていた小振りな胸を包む、淡い色の下着のホックを外す。下着は少し浮いて、少しずらせば全て見えるくらいになった。


「…あの、な、黄瀬」

「? 何スか? 優しくするっスよ?」


 最初だし。


 赤司の、綺麗に色づいていて小さくて、肌の味がする乳首を舐める。どうしてこんなに興奮できるのか分からないくらい昂っている。


「ちが……下手かもしれないから、だから、……だから、」

「大丈夫っス、すっごく喘がせてあげるから」

「は、ひ、…〜〜っ!」


 舐めるだけでなく甘噛みしたり、胸全体を揉んでいたりと色々試していたら、赤司の反応が変わった。乳首を軽く引っ掻いた時だった。


「〜〜っぁ、ん……は……っ、何、か、へん…!」

「赤司っち、かるーく引っ掻かれるの好きなんスかね」

「知らな……ぁっ」


 自分は色々と弄るのが好きだから、そこは開発するとして。
 なんて思いながらスカートに手を突っ込んで、指先で下着を押してみる。濡れた感触に安心する。スカートを脱がせて下着も脱がせて、足を閉じるのを我慢しているらしい赤司に堪らなくなってキスをする。


「っん、!? は、ぁ……ぁ。……今の、は、なんだ…?」

「え、ベロチュー知らないんスか!?」

「べろちゅう…?」

「っ、言い方が…!」


 かわいすぎて。


 まさかセックスばかりでキスはまともにしなかったのだろうか。それは……言葉が詰まる。
 頭を振って集中する。不安がりになった彼女に、これから思いきり、ありったけの想いを伝えるのだ。


「指、いれるっスよ」

「ん…、っひ、ぁあ…っ! う、っ、…は、ぁ……」

「けっこうキツいっスね…」


 久しぶりなのかな、なんて考えかけるのをまた振り払う。
 一本でもキツそうな赤司が慣れるのを待ってから、ゆっくり動かす。濡れた肉壁はずっと指に絡みついていた。気持ちいいところに当たるたび、体がビクンと跳ねている。


「赤司っち、好き、……好きだよ」

「っ、ぁ、ぼく、は…」

「オレは、赤司っちが大好きなの」

「…ぅ、ん、……っは、…ぼく、も」


 怯えぎみにやって来た愛を抱きしめた。絶対に離さないと心の中で誓って、口にも出す。
 十分に慣らしてから指を抜く。机の引き出しからコンドームを出して、この先を待ち望んでいる自身にかぶせる。
 両手を絡めて、入り口に宛がって、一気に突き刺す。


「っぁぁあああッッ……!」

「く、っ…はいっ……た…………って、え、」

「きせ…?」

「ち、血が…」


 白いシーツに、その鮮やかな赤はかなり目立った。ああ、と赤司が上がった息で頷いた。


「はじめてのときは、そうなるんだろう…?」

「初めて、って…」


 ディープキスのみならず、セックスもしていなかったらしい。
 青峰がどういう意図でしなかったのかは予想がつく。今までの浮気相手はみんな胸が大きかった。本当に巨乳じゃないと駄目だったのか。


 ――だから、今は青峰っちのことはどうでもいいって…!


 思いきり腰を振って赤司の体を揺さぶる。軽い体は簡単に壊れてしまいそうで、ほんのちょっぴり加減をした。


「赤司っち、ずっとずっと、好きっス……赤司っち、が、一番…っ」

「ふぁあっ、ぁっ、きせ、っ、き…、っ」


 臆病になってしまった彼女はやはり、好きと返してくれなかった。自分の想いを信じてもらえたかも危うい。
 けれど確かに、自分は聞いた。好き、という彼女の声を。
 いつか彼女にもう一度好きだと言ってもらえるよう。自分の想いを分かってもらえるよう。ずっと、ずっと、頑張るつもりだ。





END.









* * *
最初っから最後まで明るいとは言えない空気で終わりましたこの話。青峰視点は出していませんので、青峰の心情は想像していただければなあ、と。一応、心情を想像できるような描写はあったり。。ゲス峰ですがね…!

 
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