短編2

□孤軍奮闘の夜
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「――部屋割りだけど」


 合宿の計画を二人で居残り話し合った帰り道。バスケや学校生活の話を、不自然にならない程度に寄り添って話していた。そうしたら、前振りもなく、先の言葉が虹村の口から赤司の肩に落ちた。
 唐突な話の切り替えに大抵の人は付いていけない。もちろん赤司は違った。彼が合宿の部屋の話をしているのだと即座に理解し、部屋割りがどうかしたのか聞く。
 虹村は斜め先の電柱を見ながら頬を掻いた。


「二人部屋、あったろ」

「ありましたね」

「……一緒に、その部屋にすっか?」

「え……」


 驚きすぎて足が一瞬止まった。次の一歩を大きくして遅れた分を取り戻す。止まってから取り戻すまでの間に、頬はすっかり熱くなっていた。
「ぜひ」と即答したいのを堪えて、普通は訊くだろうことを訊く。


「……あの、ご、ご友人は……」

「別にいい。一緒じゃなくて」


 お前とが同じがいい、と重ねて言われ、ますます嬉しくなる。なのになぜか焦る。驚きすぎたからかもしれない。
 あと数ヵ月で卒業するのに友人と思い出を作らなくていいのか――つっかえつっかえそう訊いた。


「学校じゃほとんど一緒にいるし思い出作る機会はあるしな。大体、それよりお前との思い出作っときたい」

「〜〜っ、〜〜っ」

「……何、イヤなのか?」


 電柱は通り越したから塀を見つめている虹村に、首を横に振る。当然虹村には見えていない。無言の拒絶と受け取った彼に「そっか」と残念そうに呟かれ、赤司の頭のネジが、何本か爆発した。


「一緒がいいですっ!」

「うわっ!? 大声出すんじゃ――」

「嬉しいです! ぜひ、虹村さんと寝させてください!」

「ぶはっ!」


 ようやくこちらを見た虹村に言い募ると、最後に赤面されて噴き出された。咳き込む虹村の背を擦る。怖くない睨みが飛んできた。


「お前、寝させてって、オイ……」

「あ、すみません。同じ部屋で、っていうのが抜けました」

「……いやまあ、分かってたけどな…」


 深々溜め息を吐かれたと思ったら頭を撫でられる。見ると、別れ道がすぐそこまで来ていた。


「じゃあ、一緒にな」

「はい」


 さようなら、と頭を軽く下げて別れる。早くも合宿が楽しみだった。



* * *



「――というわけで、誰と同じ部屋にするか決めてくれ。六人部屋と五人部屋と四人部屋が一つ、三人部屋と二人部屋が二つある」


 説明を終えて虹村のところに駆け寄ろうとしたら、後ろから腕を掴まれた。見ると黄瀬がにっこにっこ笑っている。


「赤司っち、一緒の部屋にしましょ!」

「オレ達で六人部屋を使えば丁度いいのだよ」

「枕投げすっからな赤司! 当てても怒んなよ!」

「赤ちんに当てたらオレが捻り潰すからー」

「ボクもイグナイトします」


 口々に自分を誘ってくれる五人。だが申し訳ないが自分には先約がいる。困って虹村を見ると、「好きにしろ」と無言で言われた。投げやりではなく、赤司の意思に任せる、といった風な言い方だ。
 昨日の虹村の会話を思い出し、考える。黒子達との思い出はいつでも作れる。同学年なのだから。
 だが、来年はきっと、思い出作りをする親密さはなくなっている。修学旅行がある冬なんかには、みんなギクシャクしているはずだ。自分のやり方が原因で。

 それでも、


「オレは虹村さんと同室だ。練習について話すことがたくさんあるからな」


 赤司は虹村の方へ行った。

 五人が一斉に残念そうな顔をした。踵を返して今度こそ虹村の元へ駆け寄ろうとした時、遊びに来いよ、と、青峰の言葉が背に投げられた。
 虹村の目の前まで行くと、いいのかと確認される。頷くと、そっか、と大人びた笑みで頭を撫でられた。



* * *



 赤司が言っていた「話すこと」なんて、少ししかない。だから時間はあり余っていた。布団を二つ敷いて、それでおしまい。
 さてどうするか、旅館の一室で悩む。押し倒すもよし、駄弁るもよし。できれば押し倒したいが、明日もあるから赤司に無理はさせられない。

 二者択一で悩んで気付いた。
 押し倒すもよし、適当に駄弁るもよし――それともう一つ。


「ちょっと他の部屋行くか?」


 それぞれの友人の部屋に行くも、よし。


 先程からソワソワしている赤司に提案する。自分が友達の部屋に遊びに行って、赤司も友達の部屋に遊びに行って、決められた時間に帰ってくる。というのはどうか、と。
 赤司は嬉しげに緩む口を真一文字にする、という本人からすれば隠れた、虹村からすればバレバレの努力をしていた。そして迷っている。

 もう少し背中を押すべきと判断し、赤司の手を引いて部屋の外に出る。


「十一時半に、な」

「…………すみません。オレが、虹村さんと一緒って決めたのに」

「バーカ。気にすんな。オレだってアイツらと遊びたくないわけじゃないんだから」


 ただ、「アイツら」の部屋に行けば「押し倒して追い出されたー?」といった感じに囃されるのは分かりきっているから、それは憂鬱だが。
 赤司はバレバレの努力を少しやめて勢いよく頭を下げ、黒子達の部屋へ早足に歩いていった。その背中に「浴衣乱すなよ」と注意し、「長襦袢です」と訂正されてから、虹村も廊下を歩き出した。



* * *



「ゆけ! 3P!」

「おぉっ、と」

「外れた、だと……!?」

「3Pは滞空時間が長いですからね。避ける時間も長くなるんでしょう」

「ドンマイミドチン」

「緑間っち隙ありぃ!」



 ばふっ。



 ドアを開けたら、顔に何かが飛んできた。二秒後に足元に落ちたソレを見る。枕だった。



「…………」



 枕を拾い上げて前に軽く放る。約一名がびく、と体を震わせた。
 約一名――黄瀬を見ながら微笑む。頬の横に持ってきた左手の親指を下に向けて立て、




「紫原――――殺れ」




 腰の位置まで振り下ろした。



 途端に枕片手に黄瀬に殴りかかる紫原――と緑間と黒子と青峰。皆黄瀬に恨みでもあるのだろうか。
 赤司は長襦袢の合わせ目に両手を突っ込み、阿鼻叫喚を見物していた。



* * *



 案の定「押し倒して追い出されたー?」と笑われ、言い返してからかわれて反応して。少しして落ち着いて、ふざけあった。そうしたらいつの間にか約束の時間十分前になっていて、部屋に戻った。
 赤司がまだ来ていないことに安堵する。やはり待たせたくはない――


「……お待たせしました」


 ――ギリギリ、だったようだ。一息つこうとしたその時に、どこか晴れ晴れとした顔の赤司が、襖を開けて戻ってきた。よく見ると長襦袢が若干崩れている。その場しのぎの手直しをしたのだろう。着崩された和服にはドキリとさせられるところがあるから注意したのに。
 待っていないことを伝えて布団に入る。少しでもそういう雰囲気になったら、長襦袢の袖に見え隠れする手を布団に押し付けてやろうと思った。横向きに寝て、向かい合って話をする。


「枕投げを、してきました。黄瀬が集中的に狙われました」

「ああ、なんかすげえ想像つくわ」

「オレに来る流れ枕は紫原が叩き落としてくれました」

「ああ、なんかすっっげえ想像つくわ」

「とても、楽しかったです。ありがとうござい、……」

「…………寝やがった……」


 はしゃぎすぎたのだろうか。話ながら突然眠った赤司の幼い寝顔を眺める。
 眠ってしまったなら自分も寝よう、そう思ってふと視線をずらすと、襟から覗く赤司の肌があった。夜の暗さでどこか青みを帯びている。下側にある肩は見えそうで見えない。左右の胸の中心もまたしかり。


「…………」


 ケータイのカメラに収めてから、目に毒なので赤司に背を向けようと動く。だが、身じろぎした瞬間に柔らかい匂いやらあったかい体温やらに抱きつかれ、顔が白い首筋に押し付けられ、動けなかった。いつの間に上に移動したのだ。頭が布団から出ているに違いない。


「っ……」


 腕どころか足まで巻き付けられている。外そうとすると起きそうになるから動けない。手遅れなことに起き上がった下半身のためにトイレへ行きたいのだが。
 目の前にある首筋に口を付けたい、そんな欲求と戦う虹村を、更に爆弾が襲った。



「しゅー……ぞ……さ……」

「ぐふっ」



 部屋を変えたくて堪らなくなった。



* * *



「おはようございます」

「……おー、はよー……」

「隈が出来てますね。枕が変わると眠れないタイプですか?」

「誰のせいだと……」

「え?」


 まったく分かっていないところが憎い。真面目に部屋替えを検討しながら話を合わせる。


「お前はスヤスヤ寝てたな」

「はい、いつもの抱き枕がなかったので眠れるか不安でしたが、大丈夫でした」

「………………」


 昨夜の自分が抱き枕代わりだったことがなんとも悲しい。
 そして悟った。赤司と他の誰かを同室にするなんて言語道断だと。その「誰か」が抱き枕にされるなんて考えられない。大体、よく考えれば、抱き枕にされなくても、赤司の寝姿を見せるわけにはいかない。


「今日も頑張りましょうね」

「おー……」



 早くも今夜が心配なような、楽しみなような。そんな虹村だった。





END.









* * *
長襦袢で抱き枕だったら、裾が捲れて足が見えますね。赤司の寝相が悪かったら、長襦袢乱れに乱れますね…。

 

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