短編2

□the carrot and the stick
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 伸ばされた、中学三年男子の平均より逞しい腕。それは細い背中を優しく引き寄せ、中に閉じ込めた。
 二階の窓から見下ろしても、その光景はドラマのワンシーンのようだった。



* * *



 最近、虹村が冷たい気がする。その最近は赤司が虹村と付き合った次の次の日くらいから始まっていた。そして、今日でそろそろ一ヶ月――最近レベルを越えている。


「主将、新しいメニューです」

「おう、サンキュ」


 虹村にメニューを渡し、束の間そっと、彼を見上げる。一秒、二秒と時間が流れてからそっと離れた。一ヶ月前までは、こういう時は微笑んで頭を撫でてくれたのに。今は、こちらを横目で見やるだけ。
 下を向かないようにして歩く。前を向いていると涙が滲みそうだった。唇をキュッと結んで堪える。
 虹村から離れて、向かう先はキセキの所だ。一斉にこちらを向いて笑いかけてくる彼らはまさに癒しである。


「赤ちんどしたの〜目ぇウルウル〜」

「目にゴミが入ったんだ」

「マジでー? オレがとったげる」

「もう取れた」


 どす、と紫原が後ろから抱きしめてくる。いつものことだ。他のキセキも、黒子も、ワイワイ話しかけてくるから頬が緩んだ。
 胸はずっと締めつけられたままだったが。
 昼休みに見たあの光景が頭をよぎる。女生徒が虹村に告白して、虹村が断り、最後にその女生徒を抱きしめて。よくある「最後に抱きしめてほしい」という願いを叶えただけというのは分かるが、嫌で怖い気分になった。
 それでも好きだから、傍にいたいから、何も言えない。



* * *



「――よう」

「主将……? 珍しいですね、こんなに早くに」


 朝練の一番乗りはいつも赤司だった。他の皆が不真面目なわけではなく、赤司が早いだけだ。灰崎は正真正銘の不真面目だが。
 虹村が来るのは赤司が来て十分くらい経ってからだ。他の皆が来るのは、それから更にまた二十分後くらい。だが今日は珍しく、虹村は赤司より早くに来ていた。既に練習着だ。


「何かあったんですか?」

「たまには早くに練習しようと思ってな」

「……とは言っても、もう受験生でしょう。忙しくありませんか?」

「まだ四月だぞ、そこまで忙しかねーよ」


 虹村に背を向け、雑談をポツリポツリと交えながら、着替える。視線がじっと注がれていてむず痒い。気恥ずかしい。プチリとボタンが外される音を、妙に敏感に耳が拾う。


「……あの、主将。そんなに見られると着替えにくい、です」

「ふーん。で?」

「で、できれば、見ないでほしい……です」

「却下」


 肩越しに虹村を見てみる。獣のような、ぎらぎらした鋭い目。まるでセックスする時のような目。そんな目で見られてドキドキしないわけがなかった。顔に、耳に、背中に熱が集まる。Yシャツを脱いで肌を見せることが恥ずかしくなる。
 虹村が目を細めた。一歩近づかれる。赤司は、今まで虹村に向けていた背を今度はロッカーに向けた。近づかれた分後ずさるとロッカーに背中をぶつけた。虹村の手が赤司の顔の両横につかれた。


「もし汚れたら可哀想だから待っててやったけど、もーいーや」

「え……? どういう――っんん!?」


 驚くくらいの高速で、虹村の顔が近づいてきた。と思ったのは、唇を塞がれた直後だった。
 驚いたままの赤司は何の反応もできず、ただ固まっていた。が、ボタンを全て外してあったYシャツの中に熱い手が潜り込んだ瞬間、我に返る。胸を滑る手を止めようと両手で掴むがびくともしない。唇が解放された。


「っ主将、ここどこだと……っ」

「部室」

「分かってるならやめ、ひ、ぇ……っあ」


 両手はロッカーに押しつけられていて抵抗できない。空いている手がないのは虹村も同じで、もう尖っている胸の突起に触れたのは、さっきまで赤司の唇に触れていたものだった。ピチャピチャと音が立つ。


「……っぁ……あっ……! は、しゅしょ、あの、っ音が、――ひぅ!?」

「わざと立ててんだよ。それと、もし誰かが近くにいても聞こえないように声押さえろよ」

「音たてな、でください……! ん、ふっ……」

「押さえるからって口噛むな」


 両手は使えない、だから口を塞げない。だから唇を噛んで堪えていた。虹村の右手が赤司の両手を一纏めにして頭上に押さえつける。そして左手の人差し指を、赤司の半開きの口に突っ込んだ。虹村の指を噛むわけにはいかず、声を押さえられなくなった。


「ひぃっ、あっ……や……! かんじゃ、らめれす……っ」

「お前は本当に乳首よえーな。俺が開発したお陰か」

「あぅ……も、や……! ひた、しゃわっ、て」

「『下触って』? 呂律回ってねぇよ」


 指をなるべく噛まないようにしたらそうなる。
 舌で愛撫された乳首は赤く勃っていた。唾液に濡れて光っていて、恥ずかしくて目を逸らす。唾液が溢れた口元もこんな感じなのだろう。
 両手と口内が解放され、スラックスと下着をずり下ろされた。体から力が抜けるから虹村にしがみつく。後孔に入り込む違和感に、更に目の前の人に抱きついた。


「ひ、う……っや! 主将、まっ、ん……っそこだめ、だ、めっ! ひゃあぁ……!」

「気持ちいいんだからいいだろ? ほら」

「やぁっ……」


 最初から前立腺を重点的に突かれて腰が続けざまに跳ねる。虹村の肩に顎を乗せて、ますます強くしがみついた。
 本当は、もっと優しさが混じった顔でしてほしかった。甘い雰囲気が、欠片でもいいから、あってほしかった。優しくなくても甘くなくても、求められて心も体も喜ぶけれど。
 トン、と背中をロッカーに押しつけられる。赤司は虹村のやろうとすることを察し、彼の腰に自分の足を巻きつけた。あてがわれる熱の塊。


「主将、ほんとに、するんです――ひぁああっ!」

「ったりめぇだろ。ここまで来たんだし」

「あ、あっ、っやぁ! ゃあん、しゅしょう、しゅしょ、っはあ!」

「それに、好きな奴にこういうのしたいの、当たり前だろ?」


 好きな奴。もしかしたら実は自分は好かれてなんていないのでは、と思っていたが、虹村は紛れもなくそう言った。
 嬉しくて仕方がないが、ふと壁にかかる時計が目に入り、恐怖する。


「しゅしょう、じかっぁ! み、な来ちゃ、いますっ、ぁああっ! ひゃ……っあぁ!」

「あーもうそんな時間か。いいだろ、見せつけてやりゃあ」

「そ、な……ぁっ、や、です……! やっ、しゅしょ、やめ――ふあっ! あぁっ……っあ、ひっ」


 内壁を擦り上げて最奥を抉るように突く動きが激しくなる。赤司の体の震えも、背中で揺すられるロッカーが立てる音も、大きくなる。
 襲い来る快楽を受け止めるのに必死で、足音が近づいてきているかどうか、耳を澄ませようとする考えすらなかった。



* * *



 ギリギリ意識を保っている状態の赤司の後処理をして部屋を出た。正直第二ラウンドもしたかったが、赤司が練習や授業できなくなりそうなので自重した。
 それに、目の前にいる連中をそろそろ中に入れてやらないといけない。ずっと、外で待っていてくれたのだから。


「赤司くんを虐めるの、やめてくれませんか」


 無表情のまま、しかし目には怒りをたたえ、黒子が言った。せせら笑いたいのを我慢し、虹村はだが嗤う。黒子以外――他の二年もムッとした顔をした。


「だって可愛いだろ? オレに冷たくされて落ちこむ赤司」


 例えば、以前なら褒めていたことを褒めなかった時。すました顔に少しの期待を滲ませた瞳で少しだけ虹村の反応を待って、何もないと知って項垂れる赤司。それを隠そうと頑張る赤司。
 例えば、女生徒に告白された場面を、遠くから赤司が見ていた時――これは冷たくしたわけではないが。試しに女生徒を抱きしめてみたら、すごく傷ついた顔をする赤司。
 赤司がそんな顔をするだけで興奮する。


「たまに『飴』をやると、これまたすっげえ可愛いんだよなあ」


 例えばさっきのセックス。「好きな奴」――そう言っただけで、嬉しそうに驚いて、しかもナカをきつく締めた、可愛い赤司。
 嫌悪に顔を歪める黒子達の脇を通って体育館へ向かう。


「ってわけで、赤司に対する態度を変えるつもりはねぇ。安心しろ、愛はあるから」


 自分に素っ気なくされて悲しむ赤司を、他の誰かを抱きしめる姿を見て不安に揺れる瞳を見て、支配欲が満たされる。





END.









* * *
ゲスい虹村、を目指したのですが、ただの腹黒じゃねこれ……と若干不安です。。赤司の立ち位置がここまで低いのはもしかして初めてではないかと思うのです。ちなみにタイトルの意味は「飴と鞭」。
リクエストありがとうございました!

 

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