短編2
□サマープール
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もらってくれないかと赤司へ差し出されたのは二枚の券だった。夏らしい爽やかなプールの絵が描かれていて、それだけで、その二枚がどんな券か分かった。
赤司が伺うようにこちらを見上げてくる。行きたいか、行きたくないかを目で訊いている。答えは決まっている――青峰は即行で頷いた。
「ありがとうございます、虹村さん」
「ありがとーゴザイマス」
「ま、楽しんでこい」
ニヤリと笑って虹村は去って行った。友人からもらったが行く暇がない、とプールの割引券をくれたのが彼だ。いつも自分と赤司の仲を素知らぬ顔で邪魔してくるのに、どういう風の吹き回しだろう。
「楽しみだな、青峰」
だがそんな怪訝も、瞳を輝かせる恋人の前では、綺麗に散っていった。
遊園地にも、自分と行くまで行ったことのなかった赤司だ。遊泳のプールにも行ったことはないだろう。初めて遊園地で遊んだ時のように楽しみ、喜ぶに違いない。
可愛い愛しい彼女とプールへデート。青峰のテンションも、この時点で相当上がっていた。
* * *
「――――なんっっでお前らがいるんだよ!!」
「赤司さんの水着姿を拝める機会を見逃すわけないでしょう」
「ホントっスよ! オレなんか緑間っちと違ってクラス違うからスク水姿も見らんないし!」
「別に授業中に水着姿をこっそり見たりはしていないのだよ! あ、赤司とプールに行け、とおは朝が……」
「いやさすがに嘘っしょそれ。えっと、峰ちんの邪魔するためとー、水着赤ちんと遊ぶために来たのー」
苦手な早起きをして行ったらコレだ。赤司より早く着く自信は正直なかった。だから待ち合わせ場所に既に人がいても驚きはしないが、待ち合わせ相手以外もいたらそうもいかない。
待ち合わせ場所には赤司と黒子と紫原がいて、青峰が着いた直後に緑間が来た。どういうことか訊こうとしたら桃井が来て、口をあんぐり開けている間に黄瀬が来た。
「一枚で五人まで割り引きできるから、せっかくだし皆で行こうと思って」
一枚で五人。青峰はそこで悟る。赤司にチケットを渡した虹村の意図を。
赤司に渡したのは、青峰は「一枚五人」に気付いても黒子達を誘わないと分かっているからだ。
デートだからと浮かれさせ、当日に突き落とす――虹村はいつも通りの虹村だった。赤司を妹か娘のように思っている虹村はある意味、純粋にライバルな黒子達より手強い。
早く行こう、と赤司が、親しい者にしか分からないはしゃいだ声で言った。赤いツインテールが風になびく。白を基調とした「お嬢様」らしいワンピースが、やけに眩しかった。
* * *
男の着替えは楽である。家で水着を履いて、その上に服を着たなら、更衣室で脱ぐだけでいい。
用意が遅いのは女だ。というわけで青峰達は、目の前のあおに飛び込みたい衝動に堪え、女性陣の水着を楽しみにして、ワイワイ待っていた。
「お待たせー!」
まず目に飛び込んできたのは、桃井のダイナマイトボディだった。桜色のビキニ。肩紐や端は水色――黒子の色だろう。胸を覆う布と胸を覆う布の間ではリボンが揺れている。
そんな桃井の後ろにいた赤司が、桃井に手を引かれて彼女の隣に立った。白いタンクトップ。裾から覗く黒いフリルは下に着ている水着だろう。肩口にもフリル。首の後ろで黒い紐がリボン結びにされている。紐はハの字に伸びて襟に消えていた。きっと、下の水着に繋がっているのだろう。
かわいい。感想はその一言に尽きた。かわいい。その一言が頭を占める。何も言えない。普段隠されている太ももが眩しい。
「とても可愛いです」
「二人共すっげえ可愛いっス!」
「……に、似合っているのだよ」
「赤ちん食べたい……」
泳がないうちは着といてください、と黒子が桃井に自分が着ていたパーカーを手渡す。相変わらず赤司厨の黒子だが、最近は桃井も意識し出しているようだった。いい傾向である。
じゃあ早速入りましょう、と黒子がこちらを見回す。桃井がパーカーを丁寧に荷物の上に置く。緑間が丁寧にラジオ体操を始める。そんな緑間を放っておいて、六人は冷たい水へと入った。
「水が流れて――どうなっているんだ……?」
赤司が不思議そうに、嬉しそうに言った。子供っぽい満面の笑み。さっきからいやに彼女の視線を感じていた青峰だが、それが消えて肩の力が抜ける。正体の分からない意味が籠った視線は怖い。
黄瀬と、遅れて入った緑間が、鼻を押さえた。
「これ桃っちチョイスっスか!? あざっす!」
「す、す、すすす、透け……っ!」
「ふふっ、思った通りの反応で嬉しいよ、二人共!」
遅れて赤司を見た紫原が鼻を押さえ、黒子が防水カメラのシャッターを押した。
赤司の真後ろにいた青峰は意味が分からず、赤司の体を反転させる。そして瞬時に、無言で、タンクトップをひっぺがした。
「な、何するんだいきなり……!」
「うっせ。そっちの方が動きやすいだろうしいーだろ」
タンクトップの白に下の水着の黒が透けている様を瞼に焼きつける。黒子の写真を手に入れ、かつ消去する方法を考える。
下に着ている水着は黒字に白い水玉模様だった。上下ともに二段フリルだが、全体的に黒いからかブリブリした感じはない。
また、どんな意味なのか分からない視線が飛んでくる。真正面から。
「あ! あそこに浮き輪あるっス!イルカさんも!」
「一人で膨らましてきてください」
「オレ達が一周するまでにね〜」
「……波のプールというものがあるんだな」
「行きましょう波のプール」
「波のプール行こっかー」
ふい、と目線は逸らされて。赤司の興味は「波のプール」に移った、ようだった。
「そういえば桃井さん、水着のリボンは取れたりしません? 大丈夫ですか?」「え? あ、うん! くっついてるだけだから大丈夫!」「そうですか、よかった」という黒子と桃井の会話を聞きながら、青峰は首を傾げた。
* * *
夕方。空はすっかりオレンジに染まっている。プールから上がった人達で更衣室は混んでいた。それでも男の着替えは早い。さっさと出て、朝と同じように女性陣を待っていた。
「楽しかったっスね〜。また行きたいっス」
「明日からはまた練習だけどね。あーでも、もっと赤ちんの水着見たい……」
「お前はそればっかりなのだよ……」
「自分だって同じでしょう。このムッツリすけべめ」
「なあ、赤司たまに変じゃなかったか?」
ずっと気になっていたことを聞いてみた。四人が一斉に青峰を見る。何だか睨まれているような。
「だって青峰君、赤司さんに何も言ってないじゃないですか」
「何もって……何をだ?」
「……青峰君をここまで馬鹿だと思ったのは初めてです」
「青峰っち、よく今まで生きてこれたっスね……」
「バカにも程があるのだよ」
「赤ちんも何でこんなのが好きなんだろー……」
一斉に降りかかる非難の言葉。分からないだけでこんなに言われるのは理不尽だ。
黒子がはあ、と溜め息を吐いた。呆れと呆れと憐れみと呆れが入り交じった吐息だった。
「青峰君、水着着た赤司さんについて何も言ってないじゃないですか」
「…………あ」
意味が分からなかった赤司の目。理由を知ってから思い返してみると、赤色は不満や不安で歪んでいた気がする。分かりにくいが。
申し訳ないと思うと同時に、嬉しいとも思った。あの赤司が、己の水着姿を自分がどう思っているかを気にしていることが。
赤司の水着姿は視覚に強烈な暴力を振るったから、衝撃が強くて何も言えなかった。素直に言うのが気恥ずかしかった。可愛い、なんて言葉を口にするなんて顔から火が出そうだ。
「お待たせー!」
「待たせたな」
さてどうするべきかと考えているうちに、二人が出てきた。桃井の言葉は完全にデジャヴだ。
つい、桃井の隣に立つ赤司をじっと見る。目が合った。不思議そうに首をかしげられる。
では帰りましょう、と、プールに入った時のように、黒子が言った。桃井が嬉しそうに黒子の横へ行く。黄瀬、緑間、紫原も歩き出した。赤司も歩く。青峰は、その隣を歩いた。
楽しかった、そう感想を言い合う彼らは珍しく、こちらを話に巻き込まない。ああ、これは促されている。
「……また行きたいな」
うっすら日焼けしてもなお白い顔に笑みを浮かべ、赤司が青峰を見上げる。大人びた笑みだ。プールで浮かべた、顔の筋肉全てを使ったような笑みとは違う。
「…………今度は、オレだけに見せろよ。お前の水着姿」
虚を突かれたように、赤司の目が見開かれる。赤色が夕日を吸いこんで赤みを増していて、綺麗だった。もちろん言えやしない。可愛いとすら、言えなかったのだから。
次の瞬間赤司は笑う。顔の筋肉全てを使ったような、満面の笑み。
「二人きりのプールは、賑やかさがなくて寂しそうだから少し嫌だな」
「うっせ」
なんなら自分の部屋で着てもらってもいい。馬鹿と言われるのは分かりきっていたが言ってみた。案の定、馬鹿と罵られた。
白い頬が夕日を吸いこんでいて、可愛いと思った。
END.
* * *
青峰視点だと服の用語あまり使えないなーって、書きながら気付きました。
ちょっと黒桃要素入れてみてはじめて気付きましたが、黒桃案外好きだ……。