短編2

□時間は戻ってくれないの
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「黒子っちぃ、一緒に帰りましょ、二人きりで!」

「…………」

「えっ、ちょ、黒子っちいいぃぃ!?」


 ついに拒絶が無言のものになった。黒子は黄瀬に一瞥やってから足早に体育館を出ていく。
 他の部員は呆れとニヤニヤが同居した顔で黄瀬を見る。多分赤司は無表情だろう――見てみるとやはり、そうだった。


「赤司っち慰めて!」

「仕方ないな、三十周も走れば気も紛れるだろう。行ってこい」

「もう練習終わったじゃないスか!!」


 無表情が、花が綻ぶみたいにそっと笑顔になった。あ、と心に単音が浮かぶと同時、心臓が鼓動を速くする。最近――黒子を庇って金属棒を受けた日から、自分の心臓は変だ。
 赤司がくるりと踵を回転させて歩く。


「……まあ、ともあれ、お前に話がある。ついてこい」


 じゃあ俺らは先に、と青峰達は帰っていく。それを数秒見送ってから、黄瀬は赤司の背中を追った。小さい、細いと感じるようになってきた背中。一本の赤いおさげが歩みに合わせて跳ねている。
 何の話だろうかと首を傾げるが、何となく予想はできていた。慰めて、と言ったのが本心であると、赤司は分かってくれているから。
 着いたのは無人の部室だった。そこに赤司と二人きり。何度もこんな状況になったが、今初めて緊張した。


「僕は慰め方を知らない。だからお前を慰めることができない」

「そ、そんなことないっス! 赤司っちのお陰で、オレ、楽に……」

「そうか? なら嬉しいな。とにかく、慰めることはできないけれど、話を聞くことはできるから」


 だから何でも吐き出せ。



 男の自分が、女の赤司に、よりによって恋愛事の愚痴を吐き出すなんて恥ずかしいことだ。
 分かっているのに口は開く。
 黒子の拒絶が辛い。辛いはずなのにあまり辛くなくなっていて。意味が分からなくて、頭がこんがらがって。辛いはずだと思いこみながら、言い聞かせるように辛さを吐く。


「オレ、黒子っちが好きっス」

「うん」

「いつも頑張ってるし、何だかんだ優しいし、すぐ消えちゃいそうだし」

「うん」

「オレ、黒子っちが好きなんスよ……」

「……うん」


 好きだ、好きだ。それなのに。

 黒子といる時や黒子のことを考える時以上に、赤司といると鼓動が高まる。


 オレは赤司っちが好きなのかな。


 本人を前にして考える。


 いつも、ズタズタに切り裂かれた自分の心を縫い合わせて直してくれる赤司。

 陰でもいつでも、他人の為に頑張る赤司。

 黒子ほどではないが小さな体に大きな重圧を背負って、一人で抱え込む赤司。

 黒子のようにいつもではないが、ふとした瞬間に儚く見える赤司。


 思いついたのは、出来心や好奇心からではない。ただ知りたかった。
 一歩で赤司に近付いて、滑らかな頬に手を添える。
 きっとこうすれば分かると、何故か信じて疑わなかった。ふっ、と微笑して見せる。


「黄瀬……?」

「慰め方、知らないんスよね? 教えてあげる」

「黄瀬? おい、待――」


 目線を合わせる為に上を向いた赤司の顔の、下部分。その中心で薄く開く唇にゆっくり迫る。
 キスをすれば分かるだろう。黒子を好きなままか、否か。赤司を好きか、否か。


 二人の距離は一センチほどに縮まって。


 そして乾いた音が響いた。


 離れたのは反射だ。同じく反射で左頬を押さえる。熱い、そして痛い。


「……っおま、え、は……!」


 何も考えられないままに赤司を見下ろす。手を下ろした彼女は、体を震わせて、顔を歪めて泣いていた。涙は流れていないが泣いていた。滴がない頬に違和感を覚えるほどの泣き顔だ。
 泣けないのだろうか。そう思った瞬間、あまりにも切なくなった。同時に、自分がしようとしたことの愚かさを今さら知り、顔から血の気を引かせる。


「…………もう疲れた」

「あの、スマセ……どうかしてて、その、」

「もう嫌だ。もうやめる。お前を好きでいるのは」


 ――――え?


 荷物を手に取りながら、赤司が脇を通り抜ける。黄瀬は耳に飛びこんだ言葉に頭と体の動きを奪われ立ち尽くす。


 もうやめる。

 お前を好きでいるのは。


 ――嫌だ、と体の全ての細胞が叫んだ。心の浅いところも奥底も叫んだ。黄瀬の全てが叫んで、全てが赤司を追えと命令する。
 逆らう理由は、なかった。



* * *



 これでも黄瀬を好きでいる自分に嫌気がさした。


 こんなひどい表情のまま家に帰ることはできなくて立ち止まる。具合の悪い人に見えるだろうが、ここに人気はない。だからといってさすがに座り込みはしなかったが。
 辛くても、苦しくても、この恋は終わってくれないと思っていた。報われなくても、長い時間を黄瀬を想って過ごすのだと思っていた。
 けれど、黒子の代わりになるのは耐えられない。ほかの痛みまで強くなる始末だ。
 黄瀬がそれで少しでも息をしやすくなるなら、代わりになってあげるべきなのに。

 とにかく、黄瀬を想うのはやめる。やめられるはずだ。やめると決めたことに感情が追いつくのは先になりそうだが、本気で決心した今ならば。



「――――赤司っち!!」



 やはり今すぐは無理らしい。末期なことに、黄瀬幻聴が耳に飛びこんで、きて――


「…………え……?」


 間抜けた声を出してしまった。自分以外の体温を感じる。目の前が水色に染められている。身動きがとれないのは、暑いくらいに熱いのは。
 黄瀬に、抱きしめられているからだった。


「ごめんなさい」


 好きな人に抱きしめられてドキドキと高鳴っていた心臓が凍りつく。黄瀬は返事をしに来たらしい。好きだと告げた自分への返事を。もうやめると言ったのに。わざわざ「ごめんなさい」を伝えに来るなんて。
 家にでもいいから逃げたくて、黄瀬を押して離れようとする。ますます強く抱きしめられた。


「辛い思いさせてごめんなさい。嫌な思いさせてごめんなさい」

「っ黄瀬、いい……もういいから」

「気付くの遅れてごめんなさい」


 これ以上惨めにさせないで。


 叫ぼうとした言葉は遮られる。


「オレ、赤司っちが好き」


 告げられるはずのない言葉によって。


 ビックリして黄瀬を見上げる。どこか泣きそうな、真剣な顔があった。呆然としていると、体を包む力がまた強まった。少し痛いくらいに。
 何も考えられないまま唇が紡いだのは、黒子が好きなのではなかったのかと言う言葉だった。


「オレが棒から黒子っちを庇った日から、赤司っちにドキドキするようになって」


 あの日、自分は特別なことは何もしていない筈だが――詳しく聞きたいがそれ以上に、黄瀬が黒子をどう思っているか気になった。口を閉じて声に耳を傾ける。


「黒子っちが好きなはずなのに何でだろ、って混乱して……それで、赤司っちにキスしたら分かるかなって、あんなこと……ごめんなさい」

「……分かった。もういい」


 もういい、という一言を別の意味で受け取ったらしく、黄瀬が体を強ばらせる。そんな様子が可笑しくて、つい唇が綻んだ。
 付き合ってもいないのに勝手にキスしようとするなんて、人によっては最悪と思う行為かもしれない。だが生憎、黄瀬は赤司の好きな人で、だからかもう怒りはない。
 黄瀬のネクタイを引っ張り屈ませ、自分はつま先立ちになって。
 さっき重ねなかった唇を一つに重ねた。



* * *



 朝。帝光バスケ部一軍は少しざわめいていた。


「赤司っち好きっスー!」

「はいはい。分かっているからいちいち叫ぶな」

「うわ、昨日何があったんだ……」

「ま、まさかあの赤司が風紀を乱すとは……」

「赤ちんに抱きつけないんだけど〜」


 顔を見合わせる、黄瀬を除いた一軍一年。他の学年も首を傾げている。
 当事者以外の誰もが驚いている中、黒子だけは、言い様のない思いに捕らわれていた。衝撃とか悲痛とか、後悔とか。

 変わったのはあの日からだ。黄瀬に守られたあの日から、自分の中で混乱が起きた。
 うざったかっただけの黄瀬、恋してはいなかったが嫌いではなかった黄瀬に、どうしてかドキドキするようになって。
 そんなわけない、と、黄瀬を無視した。冷たく突き放す気にはなれなかった。昨日、一緒に帰ろうと言われたのも、確かに嬉しかったのに。
 そして、こうして黄瀬と赤司が結ばれた事実を目の当たりにしてようやく気付く。


 ボクは、黄瀬くんが好きなのか。


 ポーカーフェイスのまま二人を見ていたら、赤司に引っついていた黄瀬がこちらに来た。鼓動が一際大きくなる。
 何だか言いづらそうにしている黄瀬に言いたいことはたくさんあるが、何も言えずに彼の言葉を待つ。


「黒子っち、あの、今までスマセンっした」

「黄瀬くん……」

「オレ、赤司っちが好きって気付けたから。もう黒子っちに引っついたりしないっス」


 黄瀬が自分を見る目が昨日と違う。青峰達に向けるのと同じ目。赤司に向けるのとは違う目。
 完璧に申し訳なさだけで黒子の所に来て謝罪した黄瀬は、練習に戻っていった。


「…………はは」


 崩れない無表情がここまで崩壊しそうなのは初めてだ。
 もっと早くに気付けていたら、何か変わっていた。昨日、黄瀬と帰っていれば。
 今さら悔やんでも遅い。
 幸せそうな二人が眩しくて、胸が締めつけられた。





END.









* * *
赤♀→黄→黒♀からの黒♀→黄赤♀、でした。黒子の切ない感じ、ちゃんと出ていますでしょうか。
今回の赤司さんは何だか暴力的(?)でしたね。平手打ちを二回。
リクエストありがとうございました!

 
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